過去は未来のわたしによって、いくらでも書き換わる
何年も前の、ずーーっと心の奥底でグジャグジャと燻っていた感情。
何度思い返しても、どうしても、どうしても拭いきれなかったあの時の
感情を、今日やっと手放すことができた。
あの頃感じていたものの正体
かつて、心理学をベースにした少し変わったコンセプトのカフェで、私が店長として、がむしゃらに働いていた頃のお話。
当時の役割分担は、今思い返しても、とてもはっきりしていた。
このコンセプトの発案者であるオーナーは、唐突でワクワクするような企画を立てたり、精神的に私たちを引っ張っていく存在。
もう一人のスタッフ、若くて華やかな役割の彼女は、資料作成や広報、インスタの投稿や写真撮影を主に担っている。
じゃあ、私は?というと……。
日々のカフェの内部的なこと。
仕入れ、提供、商品企画、シフト組み、そしてアルバイトみんなの悩み相談。
目立つものではないが、運営の中心的な部分。
そしてここは、そんなちょっと風変わりなお店なので、メディアから注目されることが多く、取材の申し込みがよく入った。
華やかなテレビの取材が入れば、画面に映るのは決まってオーナーと若いスタッフ。
反して、コンセプトや心理的な深い話をじっくりしなければならない地味な場面だけ、私が1人で請け負う。
それに対して当時の私は、
「実質的にこの店を動かしているのは私なのに、なぜテレビの時は蚊帳の外なんだろう。」
「店長っていう、地味でしんどいところばっかり任されてるよなぁ。」って、
当時は、そんな自分の心の声さえ、あまりわかっていなくて、ただただグッと、腹の底に抑え込んでいたように思う。
けれど後になって、じわじわと膿が染み出すように、感情が湧き上がってきた。
私も光の当たる場所に居たかった!
ずっと地味なことだけしてるのは、なんか割に合わないや。
そんな気持ちだったんだと気づいた。
そう、私は悔しかったんだ。
今だからわかる事
しかし、ようやくここに来て、見えてきたものがある。
「あ!私がオーナーだったとしても、間違いなくあの配役にしたな」って(笑)。
パッと目を引く華やかさが求められるメディアの世界には、それに適した配役がある。
そこに私は要らない。
けれど、「このカフェの、この活動の、本当の核(コア)は何なのか」
それをブレずに、深い言葉で語らなければならない場面に必要だったのは、他の誰でもない私だったのだろうと。
あのカフェの真髄は、コンセプトを中心にした密な「三角形」と、そこに集ってくれたアルバイトのみんなの繋がり、それこそがあの空間の魂だったのた。
あの頃の私は「地味でしんどい役ばかり」と拗ねていたけれど、実は、一番大切な、マニュアルでは決して引き継げない「命(コア)」の部分を、ちゃんと託されていた。
それが完全に腑に落ちると同時に、私はものすごく面白いことに気づいた。
未来が過去を書き換える
人生に起こった出来事って本当に、
**「未来によって書き換わる」**んだな、ということ。
ただ時間が経ったから悔しさが消えたわけじゃない。
今現在の私が、自分のしたいことをし、自分の場所(Salon de Pause)で、それなりに内側から光を発することができるようになったからこそ、あの過去の配役の「本当の意味」を発見できたのだ。
あの時の地味で泥臭い経験が、今の私の、揺るぎない根っこになってくれている。
そう思えた瞬間、ずっと未完だった物語の最終章がカチッと書き換わり、あの日の悲劇や悔しさは、すべて
「今に繋がる大切なプロセス」という祝福に変わった。
過去が未来を作るんじゃない。
いまの生き方が、過去をいくらでも温かく、豊かに塗り替えていく。
じわじわと胸の奥が軽くなっていくのを感じながら、あの頃の私に、いま最大の愛を込めて声をかけたい。
「私よ。ほんとにお疲れ様でした。
あなたの流した汗も、堪えた涙も、全部ぜ〜んぶ、間違ってなかったよ」って。
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