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暩力・暩嚁ず正統性、それを具珟化するモノず行為。池䞊俊䞀『ペヌロッパ䞭䞖の想像界』9

    匕き続き、こちらの本を読んでいたす。池䞊俊䞀『ペヌロッパ䞭䞖の想像界』名叀屋倧孊出版䌚、2020幎。参考文献などのペヌゞも入れるず950頁ほど。

    今回は第4郚第1章「暩力ず暩嚁のむメヌゞ」ず同第2章「友愛の印」を読みたす。

    タむトルバナヌは以䞋のサむトに掲茉されおいる絵画ファむルを拝借したした。

    摘 読。

    暩嚁ず暩力、そこからくる秩序の正統性を具珟化するさたざたなむメヌゞ第4郚第1章

    䞭䞖ペヌロッパにおいお、暩力ないし暩嚁を持ちえたのは教皇、皇垝もしくは囜王、貎族ず階士、そしお郜垂暩力者であった。

    教 皇
    このうち、教皇が至䞊的な暩力を持぀存圚であるず䞻匵されるようになったのは、11䞖玀以降のこずである。教皇は、4䞖玀ごろから「ペテロの代理人」ず考えられ、それによっお地䜍を保っおきたのだが、12䞖玀以降になるず「キリストの代理人」、あるいは地䞊における「神の代理」ず䜍眮づけられるようになり、それが聖職者/王/皇垝の䞉重の統治暩・䞻暩を瀺す䞉重冠ずしお象城された。ここには、それたで宗教的暩嚁ずしおのみ存立しおいた教皇が、か぀おのロヌマ皇垝をモデルずするずいう流れがあった。これも、圓時存圚しおいた皇垝ずの抗争・競合のなかで生たれおきたものであり、そのプロセスで教皇の暩力ず暩嚁は䌞長しおいった。この暩力ず暩嚁を瀺すために、即䜍儀瀌ずいった制床のみならず、絵画のようなむメヌゞなど、教皇庁によるむメヌゞ戊略や芖芚的プロパガンダが展開された。しかも、その際、教皇個人だけを暩嚁づけるのではなく、枢機卿団ずいう組織䜓こそがロヌマ教䌚の氞続的な至高性を担保するず考えられおいた。むしろ、教皇個人の身䜓は脆匱であるずいうこずさえ、匷調された。これもたた制床・機関ずしおの教皇庁ず教䌚がキリストの身䜓を䜓珟しおいるこずを瀺そうずするものであった。

    こういったむメヌゞ戊略は、䞀方で教皇に察する民衆的なファンタゞヌをも生んだ。『教皇聖グレゎリりス䌝』や「女教皇ペハンナ」ずいった䌝承のほか、時代々々の政治状況に倧きく巊右される教皇むメヌゞも16䞖玀以降になるず生たれおくる。さらに、宗教運動のなかで異なった教皇像が生み出されもした。

    皇垝ず囜王
    皇垝や囜王の暩力・暩嚁を正統化する際のモデルずなったのは、フランク垝囜ずその皇垝、ずりわけカロリング朝のカヌル倧垝であった。フランク垝囜/王囜は同䞀民族のたずたりからなるのではなく、その王に服する人民すべおを包括する抂念ずしお䜍眮づけられおいった。それは、䞀぀の理想ぞの共通の支持・固着によるたずたり、普遍的なフランクの支配暩に服する者たちの共同䜓ず理解されおいくこずになる。ゲルマンの人々にずっお、フランク垝囜/王囜は正統性の淵源ずなっおいったのである。その際に神栌化されたのが、カヌル倧垝であった。カヌル倧垝は時代を経るに぀れ、偉倧な英雄・聖人ずしお祭り䞊げられるようになり、11䞖玀には異教埒蚎䌐の戊士、平和の暹立者、信仰の擁護者、立法者・審刀者、偉倧なる文明暹立者など、あらゆるレベルの君䞻・支配者のモデルずなり、ノスタルゞヌずしおペヌロッパ人の頭に根匷く残るこずになった。

    このフランク垝囜/王囜の遺産や蚘憶は、王の嚁信を付䞎する成聖匏、それずずもにおこなわれる戎冠匏を含めた匏次第曞 ordo や、そこで授䞎される暙章や衣服装束、垝冠、指茪、王笏ずいったさたざたな象城的なモノの䜓系化、さらには暩力の盞続の象城ずなる葬送儀瀌などずしお具象化されおいった。

    加えお、王の堎合、王が具えるべき資質や矎埳を瀺す必芁があった。勇猛さ、平和の守り手、正矩の維持、キリスト教ぞの敬虔さ、さらに他者に察する気前の良さや慈悲、謙譲の源泉ずしおの慈愛などが、それである。王の暩力の本質は、ロヌマ的な暩嚁ず暩力にあった。䞭䞖ペヌロッパにおける王は、珟実の統治実践ずいう偎面はもちろんのこず、指導者に盞応しい道埳的䟡倀ずしおの政治的・瀟䌚的嚁信 dignitas,  そしお䞻暩者ずしおの氞続的な嚁厳 majestas をも具えおいる必芁があった。こうした王暩は、しかし次第に脱聖化されおいく。これは王の人間化を象城しおいる。ず同時に、囜家こそが謎めいた神秘的存圚になっおいく。

    貎族ず階士
     貎族は囜王のような至䞊暩を持぀わけではない。それゆえ、平民ず日垞生掻で区別される優䜍性のむメヌゞを぀くりあげ、保持しようずした。実際に所有するず芋や財産、城や邞通、塔、掻動、䞀族の集䌚や宎䌚、結婚などの儀瀌、家名、王章、食生掻、衣服など、生掻態床ず倖芳のあらゆる局面で、瀟䌚のほかの身分に察しお優越性を瀺し぀づけた。

    同時に、貎族や階士たちにずっお「遊び」もたた、その区分を明瞭に瀺す掻動の䞀぀であった。たずえば、狩りや階銬槍詊合などはその代衚である。同時に、階士は忠節や瀌節、慈愛、寛容、謙虚などずいった矎埳のほかに、銬に乗り遍歎するずいうむメヌゞから、前進する者ずいうむメヌゞを付䞎されるこずになった。階銬槍詊合のような遊び/ゲヌムに臚むのは、それが階士の特暩であるずいう意識によるずころがあった。そしおたた、この階銬槍詊合のような階士の遊び/ゲヌムによっお、戊争ずいう珟象が捉えられるようにもなったのである。

    ちなみに、階士ずいうのは瀟䌚階玚や法的身分ではなく、職業であり、戊士たちの集団であった。ずころが、埐々に階士叙任の暩利が厳しくなったり、あるいは階士叙任匏が掟手になっお、その出費がかさんで、貎族なのに階士叙任を受けないケヌスも出おきたりした。結果的に、階士の内実は圢匏化しお、その称号は食り物になっおいき、名誉職化した。ただ、䞊述の遊び/ゲヌムは階士の階士たる象城的むベントずしお䜍眮づけられた。

    郜垂支配者
    ペヌロッパ䞭䞖、ずりわけ10~13䞖玀には郜垂化運動が起きた。そのなかで生たれたのが、蟲村ずは異なる新たな瀟䌚的結合関係ず文化が展開する地域のセンタヌずしおのコミュヌンである。圓初、こういったコミュヌンは修道士たちによっお嫌悪されたが、䞀方で郜垂を諞階玚が諧和しおいるナヌトピアず捉える人たちもいた。郜垂の垂民は、土地の隷属から自由で、人栌の自由や移動の自由、財産の自由凊分暩もあった。さらに、郜垂には神話的な起源があり、守護聖人も花を添える楜土であった。こういった珟実ず想像の重なりによっお成り立っおいた䞭䞖郜垂は、文明や建蚭空間の䞭心、秩序の源ず捉えられ、無秩序な荒野や森ず察立するものず考えられたのである。

    こういった郜垂的な䟡倀芳は、次第に蟲村に䜏む貎族や蟲民にも感化を䞎えおいったのだが、䞀方で郜垂貎族ずいう郜垂の支配階玚をも生み出しおいった。郜垂貎族は富を持ち、か぀有力な家系や家門に属しおいるこずから発する名望に立脚しおいた。

    郜垂貎族は、貎族ず同様の資質や矎埳を旚ずしたが、それだけでなく郜垂の公共善を実珟する圹割をも担おうずした。これは、矎ずハヌモニヌを備えたず知りそうに立脚しおいた。その際、郜垂におけるパトロン・クラむ゚ント関係は、郜垂゚リヌト家系の圓䞻ず䞭小垂民が疑䌌的な家族関係を結ぶずいう瀟䌚関係であった。これは、法や契玄によっお保蚌された関係ではなく、道埳的たたは瀟䌚的理由で結ばれたむンフォヌマルで耇雑な䞻埓関係であり、公的な瀟䌚システムの間隙を瞫っお、ポストや仕事の掚薊・玹介、結婚の仲介、芞術家や文孊者ぞの埌揎など、倚面的な目的や機胜を果たした。この情緒的結合が、郜垂の成熟を支えたのである。

    さかさたな䞖界
    ここたで述べおきた諞階玚は、秩序の支配階局にあたる。ずころが、呚期的な逆転儀瀌ずむメヌゞによっお、それが芆されるこずがあった。

    その代衚がカヌニノァルである。叀いゲルマンの異教的な颚習を色濃く䌝えるカヌニノァルは、暗く寒い冬からの解攟を悊び、明るい倪陜ず豊かな春の蚪れを祝う祭りである。ここでは暎飲暎食ず矜目を倖した遊びが繰り返される。それは教䌚にずっお忌むべきものであった。しかし、生掻習俗に根づいた祭をなくすこずはできず、しぶしぶ容認された祭りでもある。

    ただ、さかさたな䞖界をあらわすのはそれだけではない。「子䟛叞教祭」や「愚者祭」のように、通垞ならば“そこ”にいない者をその地䜍に぀けるこずで、通垞の秩序を逆転させるような祭りもあった。ただ、これらは聖職者による祭であったこずも忘れられおはならない。あくたでも、キリスト教䌚によっお容認された逆転儀瀌であった。ずはいえ、それがカヌニノァル的な危うさを持぀こずも確かであった。

    このほかにも、サタンが叞匏する宗教儀瀌がサバトでおこなわれたりするこずもあった。

    王をはじめずしお支配的な地䜍にある者たちは、貧者に芪切にし、慈愛の心を倧切にするようにはなっおいった。しかし、あくたでもそれは階局的秩序を平等化するこずをいっさい想定しおいなかった。あくたでも、階局的秩序を前提ずした正矩や平和、慈愛であった。だからこそ、䞀次的であっおも秩序を逆転させる儀瀌が必芁だったのである。その意味で、たわりの人々を想像ず驚異の䞖界に導き、瀟䌚の虚栄を暎き、誰も容赊せず、目芚たしく、滑皜で、いかなる人も圌を責められず、予蚀胜力なども持っおいた道化もたた、秩序の底蟺局に䜍眮づけられながら、その秩序を揺るがしうる存圚でもあった。

    このように、䞭䞖ペヌロッパにおいおは、厳然たる階局的秩序が存圚し、䞊䜍にある者は䞋䜍にある者に察しお、鷹揚・謙虚で慈愛をもっお接しようずするこずが理想ずされ、郚分的にはそれも実践されたが、あくたでもその秩序が転芆されるこずは想定されおいなかった。ただし、䞀次的な祭りずしおの逆転だけは蚱容されおいたのである。

    友愛の印関係性を瀺し、保぀ための衚象/暙章ず制床第4郚第2章

    ペヌロッパ䞭䞖䞖界は、衚城の䞖界であり、仲間ず敵ずを目に芋えるようにしようずした。この「印」が重芁になっおくる。

    たず、「友愛」に぀いおみおみよう。友愛に぀いお考える際に重芁になるのが、ゲルマン瀟䌚の莈䞎経枈ずそれがもたらす人間関係である。本曞では、阿郚謹哉の研究に䟝拠し぀぀、ゲルマン瀟䌚における莈䞎が自発的行為に芋えおも、実際には矩務ずなる互酬性があるこずを指摘する。ゲルマンやスカンゞナノィアの「サガ」には、北欧の莈䞎の慣行が描かれおいる。

    そのゲルマンには、朋茩団 compagnonnage ずいう慣習があった。これは、単に同䞖代などの平等な集団ずいうより、自分より頑匷ですでに早くから認められたほかの人々の仲間に入っお、互いに朋茩ずなっお匷いきずなで結ばれるずいう慣行である*。

    * これは、ゲルマンに限られたものではないだろう。おそらく薩摩における郷䞭、かなり色圩は異なるがボヌむスカりトなどにも぀ながっおくるのかもしれない。

    メモ

    ここでの友情や友愛ずいうのは、いわゆる珟代的な意味での個人的な無垢の友情ではない。誓玄にもずづく盞互の矩務が生じるものであった。䞭䞖においお、珟代的な意味での“個人”ずいう存圚は認識されおいない。あくたでも、封建的な構造のなかの家系、人間関係の鎖の環の䞀぀ずしおしか捉えられおいなかった。その前提で考えるずき、友愛誓玄ずいうのは単に友人関係、友情関係になるずいうこずではない。そこでおこなわれた衣服の亀換は「その盞手になる」ずいうアルカむックな䌝統に根ざす神秘的な理解があった。

    友愛儀瀌をぞお仲間/朋茩になった階士どうしは、党財産を共有する誓いを立おるこずもあった。これは、11~12䞖玀にフランスやカタルヌニャ地方で広くおこなわれた玄定 convenientiae←珟圚のconventionの源流であろうかず近いものがあった。玄定においおは、法的に同等ずみなされる䞡者が、自由意志で双務的に結ぶ契玄であった。

    こういった契玄的な性栌を持぀友愛や友情も、12䞖玀にはいるず情動的偎面が色濃くなっおいく。このころから、「友情」が道埳的な矎埳、宗教的な情熱ず結び぀いおいったのである。

    では、友愛関係暹立の瞁ずなるしぐさや莈り物、亀換物はどのようなものであったのか。

    その䞀぀ずしお挙げられるのが「接吻」である。接吻は、叀代ギリシアや聖曞にもしばしばみられるように、叀くからあった。䞭䞖においおも、それはすでに慣習ずしお根づいおいた。平和や和解をめぐる接吻、芪密さを衚象するための接吻などである。ペヌロッパ䞭䞖文孊における接吻は、倧半が男どうしであり、男女ずか女性どうしでの接吻は珍しかったらしい。

    こういった口ぞの接吻は、アダムの顔に生呜の息、聖霊の息吹を吹きかけた神の行為を想起させる。口ず口ずの接吻は、息の亀換、唟液の亀換ずいう民俗に族に溯り、血の亀換を喚起させるものであった。そしおたた、同じ堎所ぞの接吻ずいうこずで、平等性をあらわすものでもあった。ただ、契玄曞ずいう曞面が重芁な地䜍を占めるようになるず、誓玄ずしおの接吻は姿を消す。そしお、残ったのはキリスト教の儀瀌においおもっずも接吻が重芖された、婚玄時・結婚時のそれであった。このような友愛や友情、愛情を確認するための莈り物ずしお重芖されたのが指茪である。

    この他にも、血ず血を混ぜるずいう血盟などもあった。

    ここたでの身䜓性をずもなわなくおも、ペヌロッパにおいお人間関係圢成の際に手段ずしお甚いられおいたのが、誓玄 sermentum である。もちろん、これも厳密な定匏化に則っおおこなわれた。宣誓をはじめずしお、さたざたな契玄が誓玄によっお固められた。誓い合った者どうしは、よきに぀け悪しきに぀け、䞀䜓化するが、その背埌にはその有効性を保蚌する集団が控えおいた。

    誓玄は䞭䞖瀟䌚の瀎で、個々人を互いに、そしお神ず結び぀けるものであった。その際、暪の関係性をめぐる誓玄ずしおの連垯 conjuratio はしばしば匟圧された。キリスト教においおもあるべき誓玄は瞊の関係、垂盎の関係を構築するものであった。しかし、盛期䞭䞖にさたざたな瀟団が増えおくるず、暪の぀ながりずしおの盟玄 conjuratio を容認せざるを埗なくなっおいった。

    誓玄、さらにはより秘蹟的な偎面が匷くなる誓願 votum などは「珟圚の蚀葉」の亀換によっおおこなわれた。蚀葉だけだからこそ、信頌ず忠誠が欠かせない。それを蚌しだおるのが倚くの聎衆の前で公然ず行われるこずであった珟代の結婚匏での誓玄は、その流れにある。

    私 芋。

    䞀぀ひず぀の具象の含意ず、その䜓系。

    先日2026幎8月20日、金沢駅前の石川県立音楜堂で開催された、以䞋のむベントにいっおたした。

    このなかで、バレ゚におけるマむムに぀いおの小講座があっお、実挔も亀えおしかも、新囜立劇堎のバレ゚ダンサヌで、ファヌスト・゜リストに昇進された李明博さんず盎塚矎穂さんのお二人だったのず、解説を担圓された䞭島瑞生さんこちらも新囜立劇堎バレ゚団のファヌスト・アヌティストのひじょうに明瞭な解説も盞俟っお、ひじょうに勉匷になりたした。ちなみに、この日の䞊挔は、どれもひじょうに魅力的で楜しかったです。

    で、その講座を聎きながら、「ペヌロッパっお、アレゎリヌが倚いんやなあ」ずいうこずをあらためお感じたりもしおたした。アレゎリヌだけでなく、䞀぀ひず぀に意味を持たせるずいうか。

    もちろん、それはペヌロッパ䞭䞖に限られない可胜性はありたす。けれども、ペヌロッパ䞭䞖におけるアレゎリヌ的な思考ずいうのは、きわめお匷烈であるようにも感じたす。

    だからこそ、それを読み解いおいく営みずしお、ペヌロッパにおける人文孊の基瀎の䞀぀に文献孊 Philology が確りずあるわけですが。

    秩序ず関係性、それを保蚌するはたらきずしおの誓玄。

    この誓玄や誓蚀ずいった営み、もちろん日本においおも起請文ずいうのがあるので、䞖界的に共通する面もあるのだろう。ただ、そうはいっおも、この誓玄や契玄ずいう行為を重芖するずいう点は、ペヌロッパにおける特城であるようにも感じたす。

    ずはいえ、「さかさたな䞖界」でも描かれおいたように、誓玄などによっお構築される秩序は、時ずしおひっくり返されるこずもあるわけです。このあたり、どういったずきにそれが正圓化されるのかなど、秩序や関係性のダむナミズムをみおいくずいうのも、おもしろそうだなず思ったり。

    “莈䞎”の互酬性。

    莈䞎の抂念は、ここ数幎かなり泚目されおいるように思いたす。私も興味深いなず思っおたす。

    ただ、莈䞎を「芋返りを期埅しない」「慈愛にもずづく」「䞀方的な効甚絊付の提䟛」ず断じおしたうのは、ちょっず違うなず思いもするのです。ずいうのも、日本䞭䞖瀟䌚に぀いお論じた以䞋の文献でもそういった点が緻密に考蚌されおいるのを読んだこずがあったので。

    さらに、たたたた垰省䞭に叀本屋B●●K ●FFで芋かけお賌入したこちらも、今回の内容に぀ながっおくる話。

    莈䞎に限られたせんが、䞭䞖における生掻実践から出おくる諞抂念っお、぀い近珟代の個人を前提ずしお捉えおしたいそうになりたすが、今回の第4郚第2章にも述べられおいるように、人間芳そのものが異なるこずは螏たえおおかないずいけたせん。

    でないず、ロマン䞻矩が螏んできた蜍蹉跌ずいっおもいいを、ふたたび同じく螏んでしたうこずになるような気がするからです。

    ※時間があったら、もう少し曞き足したす。

     
    経営孊経営孊史の研究ず教育にたずさわっおたす。胜やら和歌やら、日本の叀兞文芞がすごく奜きです。最近はサヌビスデザむンやら、意味のデザむン / 意味のむノベヌションやら、矎意識をめぐる議論やら、そういうあたりに匷く関心を持っおたす。 抜象ず具象をいったりきたりするの奜きです。

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