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ほら、何者かになりたいんでしょう

拝啓、あなた様

何者かになりたい。

その言葉を耳にしたとき、
自分はそういう人間だと思いましたよね?
お認めになったら、どうなんですか。

あなたは夢を追っていた。
そして、夢を諦めた。
でも、まだどこかで「何者かになりたい」と思っていた。

だから、ある時「何者かになりたい」で検索した。
いくつかの関連本を読んだ。
承認欲求、自己実現、アイデンティティとか。
理解はしても、納得はしましたか。
してないでしょ、あなただもの。

今、あなたはnoteで創作活動をしている。
何者かになりたい人が、何者かになりたい話を書いている。

まったくもって、滑稽なお話ですよ。


あなたは、人が怖いんでしょう

あなたは、zineをよく知らなかったので、調べましたよね。
こそこそ調べてるの、バレてますよ。

そして、zineが「自主制作の小冊子」だとわかって、
自分の楽曲をCDにして、作ったことを思い出したことでしょう。

CD-Rという記録メディアを買ってきて、
それに自分の曲を書き込んで、
ラベリングしたり、ジャケットを考えたり。
それをライブに来た人の特典として、配っていましたよね。
だから、zineの感覚はよくわかるはずです。

一方、フェスのような、みんなで一堂に集まって、
販売会をする感覚は知らないでしょ?
だって、コミュ障のあなたでは、ハードルが高くて、無理ですよ。

あなたは若い頃、夢を目指していた。
いいものを創れば、プロの人が見つけてくれて、デビューできる。
あんこにチョコレートソースをかけるくらい、スイートな考えです。
さっさと、歯を磨いてらっしゃい。


「人とつながる時間を増やす」


そう、わかっているじゃありませんか。
散々、反省なさったんでしょ。

ミュージシャンを目指す若者が、
毎日、同じ場所、同じ時間で歌う。

ほとんどの人は素通り。
1000人いたら、数人くらい立ち止まる。

歌はうまくない。
曲もなんだかよくわからない。
到底、プロのレベルではない。

それでも、頑張っている姿を応援してくれる。
そこでコミュニケーションが生まれる。
自分の味方ができる。
これは、嬉しい。

あなたは、恥ずかしがり屋だから、
衆前ではとてもできやしなかったけど、
ネットで似たようなこと、やっていましたよね。
わかるでしょ?

さぞかし嬉しかったことでしょうね。

ほら!
ちゃんと人と繋がっているじゃありませんか。
これでは、満足できないのですか。
何者かになれていないのですか。


え、まだ欲しいんですか?


わかりました。
では、言わせてもらいます。

あなたは、人と繋がれたことに満足して、
それを当たり前にし始めているのです。

zineを作っている人たちを見て、
「自分には関係ない世界」なんて思っているのではありませんか。

あなたも、やっていることは同じでしょう。
作ったものを、誰かに見つけてほしい。
誰かに手に取ってほしい。

そのためには、作ることだけでは足りない。
人と向き合う時間を、もっとお持ちなさい。
創作活動の初期において、そこは怠れないということを。


あなたは、頑張りの見返りが欲しいだけ

でも、あなた。
ここで一つ、聞いておきたいのよ。

その「応援」は、作品の評価なの?

人がまったくいないところに、人は来ない。
味方がよく立ち寄ってくれると、立ち寄る人も増える。
「頑張れ」とね。

でも、それは創作物の評価ではないわ。

なんてことはない、簡単なことです。

応援してくれている人が、家族や友達を連れてくるか。
大事な人に紹介できるか。
人は、信頼している人に、がっかりされたくない。

「私、この人の頑張る姿が好きなんだ」と言っても、
ツレはそうではないかもしれない。
世の中には、もっといいモノがある。

……なんだか、厳しいことを言っていますね。
でも、あなた自身の話です。
仕方ありません。

見方を変えましょう。

自分の日記を楽しんでくれる人が一人いたとして、

「この人、頑張っているから読もう」ではなく、
「この人の日記、面白いな」と思って読んでいるのなら。

それは、いいんじゃないですか?

その人は、あなたの頑張りではなく、
あなたの作品を楽しんでいる。
それなら、もう何者かになっているのでは?


……え?
まだ足りない?
たくさんの人に認められたい?


そうですか。
では、はっきり言わせてもらいます。

頑張れを頑張りで返しているだけなら。
それは、まだ何者でもない。

……ずいぶん偉そうでしたかね。


あなたを、知らない誰かが興味持つかしら?

時間は有限ですよ。

人と向き合う時間にも、限りがある。
作品をつくる時間にも、限りがある。

あるところから、その比率を考えなければいけない。
応援してくれる人を増やすことが、目的になっていないか。
……あなたは、何のために創作しているのでしょうね。

では、作品を知らない人に、どう届けるのか。
昔なら、商業という仕組みがあった。

文学なら出版社。
音楽ならレコード会社。
多くの人に届けるために、時間もお金もかけてくれる。
その代わり、誰でも選ばれるわけではない。

今は、自分で発信できる。
しかも、レコメンドがある。
作品に興味を持ちそうな人に届く。
反応があれば、また別の人に届く。
それが連鎖すれば、バズる。
何かに取り上げられることもある。
運もあるでしょう。

でも、知らない人は、
あなたがどれだけ頑張ってきたかなんて知りません。

「この人が頑張っているから好き」

ではなく、

「これ、面白い」

それだけで振り向く。


……ここまで来ましたか?


人とつながって、応援されて、作品を評価されて。
今度は、知らない人にまで届けたいって……

あなたは、ほんとうに強欲ですね。
鏡を見てご覧なさい。
リサイタルのジャイアンみたいな顔をしているわよ。


あなたの、「ママ見て!」を認めなさい

何者かは、あなたの中にしか答えがありませんよ。

誰かに認められる?
顔の見えない誰かに?
お金を取れる?

どこまで行けば、あなたは満足するんでしょうね。

自分の作品を楽しんでくれる人が一人いればいい。
そう思えたら、どれほど楽でしょう。
でも、あなたはまだ欲しがる。

もっと読んでほしい。
もっと面白いと言われたい。
もっと遠くまで届けたい。

だったら、大いに俗世に染まりなさい。

人とつながり、応援され、もっと人を集める。
認められるために、さらに認められることを求める。
本に書いてあったような、承認欲求の階段を。
それも、ひとつの生き方でしょう。
別に悪いことではありません。

それとも。

自分の作品で、知らない誰かを振り向かせたい。
その瞬間を、喜びとするのでしょうか。
これまで応援してくれた人たちを大切にしながら。
誰かにとっての、何者かになることで。

まあ、どちらでも結構なことです。
根っこは同じなのです。
じゃがいもを蒸して出すか、ポテトサラダにまでするか。
そんなところです。

まぁ、知ったこっちゃないし。
私はあなたのママじゃございませんし。
責任はとりませんわよ。
あしからず。

敬具


よっしの作品はこちらからご覧いただけます。

本エッセイは、ハダカさんからのお題「ほ」から始まるお題でした。
乱文、ご容赦くださいませ。

知床の果てにおります故、
このしりとり道は、私で最後とさせていただきます。
合掌。

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