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私のトルコ語クロニクル ―石板からAI先生まで―

はじめてトルコを訪れたとき、現地の人ともっと話したいと思った。
それがトルコ語を習い始めたきっかけだった。

トルコ語の先生にも習いながら、家ではトルコ語日記をつけることにした。
とはいえ、分からないことだらけの日々。最初は単語を並べるだけで精一杯だった。

これが初めての
トルコ語日記ノート
先生の赤ペン直しが多い


何度目かの渡航で、イズミルに滞在させてもらった。
そこで出会い、一緒に過ごした人たちを、いつからか家族のように思うようになった。

日本に帰ってきてから、現地でたくさん撮影した写真をまとめたアルバムを作り、一人ひとりに感謝の手紙を書こうと決めた。
まだコロナの前。AIは既に存在していたけれど、私の暮らしの中には、まだなかった頃だ。

辞書を引き、翻訳サイトを何度も行き来しながら、一文一文をひねり出した。
合っているかどうかもわからないまま、それでも書き続けた。
慣れないことなので、何日も何日も費やした。


あのときの必死さを、今でも覚えている。
伝えたい気持ちが強すぎて、下手さなど気にしていられなかった。
トルコ語が、はじめて「自分ごと」になった瞬間だったのかもしれない。
そのお陰で、次にトルコに行った時、躊躇なくトルコ語をしゃべり、冗談まで言う自分になった。

数年が経ち、今はAIに尋ねれば、文法の成り立ちも応用の仕方も教えてもらえる。
会話をしながら、一緒に文章を組み立てることさえできる。

振り返ってみると、AIの普及のなんと早いことだろう。
便利になった、と思う。同時に、こうも思う。
頼れるものが少なかったあの頃、必死に探した言葉が、今の私の土台になっている。
だから今、AIがあっても、全部を委ねずにいられるのだ。

現在のトルコ語日記
先生の修正もだいぶ減った

語学の進歩は、覚えたいという気持ちより、伝えたいという気持ちのほうが、きっと強い。



最後までお読みいただきありがとうございました。



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