陶になったマダム
以前、夢の中である老婦人に出会った。
知らない住宅街の十字路で、わたしは彼女とすれ違う。
対岸からやって来た彼女は、背中に大きなリュックサックを背負い、両手にキャリーケースとボストンバッグを持っていた。彼女はこれから駅に向かうのだ、と夢の中のわたしは直感した。
すれ違った後、わたしがそっと振り返って見てみると、彼女は人知れずスキップをしたのである。たった三回だけの、それもぎこちないものだったが、彼女の心のうちがその三回に現れていて、目覚めた後に温かい気持ちが残る夢だった。
昨晩、わたしは彼女と再会した。
ある陶芸作家の作品がスマホに流れてきたのだ。それは陶製のブローチで、複数作品が並んでいるうちのひとつに強く心惹かれた。
横を向いた女性のモチーフ。その作家の味であるぽってりとした体のフォルムは、淡い青のコートに包まれ、首には白いマフラー、小さな頭には茶色の帽子が乗っている。
わたしが強く惹かれたのは、彼女が肩から斜めがけしている巨大な黄色のバッグだった。女性のぽってりした体に負けないほど、それは中身がいっぱい詰まっているのか、はち切れんばかりに膨らんでいる。
このブローチの女性と、あの夢ですれ違った婦人の姿がピッタリ重なった。
あの婦人だ、とすら思った。
一度目の旅行で懲りたのか、荷物は黄色の肩掛けひとつに絞ったのだろう。けれど、持っていきたいものを詰めていったら、とうとうバッグ一つには入り切らなくなって、服の中にまで詰め込んでしまったのだ。
そう思わずにはいられない、コートの膨らみ。柔らかそうで、思わず顔を埋めたくなる。
ブローチの婦人には表情が描かれてはいなかったのだけれど、上向きになった顔が期待に満ちている。わたしが夢で見かけた時と何も変わらない、幸せに溢れている。
ブローチには「旅人」という作品名がついていた。
そのたった二文字に、何もかもが詰まっていると感じた。
婦人は、きっとこの陶芸作家の夢にも現れたのだ。
わたし以外にも、彼女に感銘を受けた人が居る。
その人は、それを作品にまで仕立ててくれた。
その作家は、秋に開催される陶器専門の雑貨市に出店するのだそうだ。
わたしの住むところからは遠く離れた会場だったし、当日、実際に婦人のブローチが店先に並ぶのかは分からない。既に売れてしまった後かもしれない。
けれど、僅かな可能性を信じて、わたしも駅に向かいたい。
電車を乗り継いで飛行機に乗って、また電車を乗り継いで、彼女に会いに行くのだ。
当日、彼女がそこに居なくても許せる。
彼女には「旅人」という名前がついているのだ。
わたしが駅から雑貨市の会場に向かう時、彼女は会場から駅に向かって歩いているのだ。
