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中か、外か

本棚に一冊だけ歌集を持っている歌人の短歌がプリントされたハンカチが、最近販売されたそうだ。

Instagramでその投稿を見た瞬間、おや、と思って本棚を覗くと、まだそこにあった。久々に引っ張り出してリビングで読んでいると、母が「素敵な表紙ね」と覗き込んでくる。

「あら、この短歌面白い」

と母が指さしたのは、次のようなものだった。

石ころを家まで運ぶつまさきが他人事みたいに愛しいのです

岡野大嗣『うたかたの地図  百年の夏休み』(実業之日本社)


「靴のつま先に、小さな石ころが入り込んじゃったのね」

と母が言う。思わず、「ちがうでしょっ」とツッコんだ。

「これは、靴で路傍の石を転がして家まで運ぶゲームをしているという短歌だよ」

靴の中に小石が紛れこんだんじゃ、ゴロゴロして「愛しい」なんて気持ち湧いてこない。すぐにでもそこいらの電信柱に片手をついて、靴を脱いでひっくり返して小石を取りたくなってしまうだろう。

わたしの解釈に母は納得のいかない様子だったが、本のタイトルにもある、「夏休み」の字を見せると納得したようだ。彼女の中で石に苦しめられていたのは、子どもではなくて、大人だったらしい。

母がその場を去った後、わたしはもう一度その短歌を見てみる。

母の解釈も、たしかに成立する。ゴロゴロに苦しめられている靴の中の足が、愛しい、という気持ちも、人によっては湧き上がってくるのかもしれない。

大事に靴の中に隠して、家の玄関まで運ぶだとか、想像してみたら、たしかに楽しそうである。
一体いつ頃入ったのだろう、あの時だろうか、と想像を巡らすのも、たしかに楽しそうである。

例のハンカチは、まだ売り切れていないようだ。狙っているものは、計四枚。夏休み中のバイト代で買おうと思っている。


追記

これを書き終わったあと、何気なくXを眺めていたらこんな投稿が流れてきた。

ながい間からだが悪く   うつむいて歩いてきたら夕陽につつまれたひとつの小石がころがっていた

八木重吉「石」より

わたしの中の子どもは、つま先で路傍の石を転がす前に、こんな情景に出会っていたのかもしれない。久しぶりに外に出た病弱の子が、夕陽に染まった石を家まで持って帰りたくなってしまったのかもしれない。

やはり、小石は靴の外にあったと、わたしは思っている。

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