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【礼節と品格】「強打」で威嚇する人ほど、だいたい心の中で泣いている。

ごきげんよう。
日本プロ麻雀協会25期後期の、みやうち悠太です。
今日はお上品に、行きます。

昨日、新宿の「FIREBIRD」様にて、
お上品にディナーを食べておりましたところ、
同卓の方とマナーに関する高尚なお話になりましたの。

そこで、「あら、わたくしもそのテーマでnoteなる電子文集をしたためてみようかしら」と、ふと思いついた次第でございます。

フードがとても美味しくて余は満足なり。

ここ1ヶ月ほど協会の研修を受けながら、私は日常的に「選択」と「立ち振る舞い」に今まで以上に自意識を割くようになりました。 牌を打つ手元、背筋の伸び方、大放銃を食らった瞬間の表情、そしてトップを取った後の静かな一礼。そこには、その人の美意識が映し出される……ような気がしています。

(この論法を過剰に一般化すると、同期の中で一番品格があるのは夏海めぐさんです。冗談みたいに言ってますけど、ピラティスインストラクターをやっているだけあって、対局中も本当に姿勢が良くてかっこいいんですよ! 姿勢だけで言えばもうA1級です

世の中には、全身をブランドロゴで固めて「俺を見ろ!」と主張するファッションが存在するように、麻雀界にも卓が割れんばかりの強打で「俺を見ろ!」と自己主張する打ち手が時々います。

ですが、ふと思うのです。 ブランドロゴでパンパンになった服を着ている人が、必ずしも「おしゃれ」に見えるとは限らないのと同じように、強打や引きヅモで威嚇する打ち手が「格好いい」と思えるかというと……まあ、大抵は「あ、情緒が忙しい人だな」と思われるのが関の山ですよね。

人はなぜ、牌を打つ一瞬の姿に「品格」を感じるのか? その正体は、ブランドロゴのような派手な飾り立てではなく、「手入れの行き届いた細部」「自らに課した規律」にあるのではないでしょうか。

1. 品格は「手入れ」に宿る(爪と点棒は語る)

高価なブランド服を着ていても、シワだらけでボタンが取れかけていたら台無しです。品格とは「高価なものを買う力」ではなく、「手元にあるものをどう扱っているか」という日常の愛着に宿るからです。 麻雀もまったく同じです。

  • 牌の扱い方: 牌をガチャガチャと騒々しく扱うのか、吸い付くように静かに置くのか。

  • 所作の美しさ: 通りやすい発声、牌山をスッと前に出す気配り、そして点棒の渡し方。

点棒を「ほらよ」とばかりに投げ置く人に、人は品格を感じません。かといって、銀行員のように恭しく恭しく両手で差し出されても「ちょっとテンポ遅いな……!?」となりますが(笑)、雑にならず、スッと相手の取りやすい位置に置く。

こうしたルールブックには書かれていない「細部」に意識が行き届いている人を見ると、同卓者は一目で「あ、この人は麻雀というゲームと、対戦相手に敬意を払っているな」と察します。

手入れされた靴や整えられた爪がその人の暮らしを語るように、洗練された指先の所作は、その人が麻雀に注いできた時間と愛の深さを物語るのです。

2. 誰も見ていない場所で効いてくる「規律」

品格を感じさせるもう一つの要素が「規律(ディシプリン)」です。 簡単に言えば、「感情の波に飲まれない自分だけの美学」を持っているかどうか。

麻雀というゲームは、時に恐ろしいほど理不尽です。 完璧な手順で進め、完璧な待ちでテンパイしたのに、適当に追っかけリーチしてきた相手の一発ツモ(しかも裏裏)で捲られる……なんて日常茶飯事。麻雀の神様と拳で語り合いたくなるような瞬間が1日に何度も訪れます。

しかし、そんな「感情が昂りそうな瞬間」にこそ、その人の品格が試されます。

  • 理不尽な放銃をしたとき、一瞬たりとも不機嫌な顔を見せない。

  • ボコボコに負けた対局の後にこそ、勝者を素直に称え、粛々と礼をして席を立つ。

  • どれだけ配牌に恵まれなくても、自暴自棄にならず一打一打を正しく打ち切る。

勝っているときに上機嫌でドヤ顔をするのは、小学生でもできます。
ですが、負けているとき、ついていないときに崩れない静かな強さ。
これこそが、周囲を惹きつける圧倒的な品性となるのです。(多分)

(※ちなみに、僕のように負けているときに静かすぎるあまり『落ち込みすぎて完全に成仏しかけている』のは品格ではなくただの哀愁ですのでご注意ください。東1で親の紫月美朝さんに18000放銃した時は、完全に魂が抜けた顔をしていた自覚があります)

3. 「語らない美学」が醸し出す余白

巨大なブランドロゴが主張するのは、「私を見て!」という強烈なメッセージです。 一方で、本当に品格のある装いや立ち振る舞いは、過剰なアピールを削ぎ落とした先に生まれる「静かな余白」を持っています。

麻雀プロとして目指すべき姿も、まさにここにあると感じています。

「俺の手順を見ろ!」「この押し引きがどれだけ凄いか分かってんのか!?」と口や大げさな態度でアピールする必要はありません。

ただ静かに牌と向き合い、手入れされた所作で、規律ある打牌を重ねる。 言葉で多くを語らずとも、引き締まった背中と丁寧な手元だけで「この人の麻雀は美しい」と思わせる。

これこそが、ロゴに頼らない美意識の真骨頂であり、私たちが目指すべき「プロとしての品格」なのだと思います。

おわりに

品格とは、生まれ持った才能でも、お金で買える称号でもありません。

日々、誰も見ていないところでどれだけ「細部」を整えられるか。 理不尽なツモに見舞われたとき、どれだけ自分の「規律」を守り抜き、ポーカーフェイスを保てるか。

……まあ、偉そうに語っている私も、この前同期とセットを打っている時に断ラスから三倍満をツモった瞬間、脳汁が出すぎて「しゃあコラ!」と言わんばかりのクソ強打&引きヅモをしてしまいました。
あの時の同卓者の皆様、大変申し訳ありませんでした。
修行が足りません。

せめて表面上だけでもどこまでもエレガントに。 牌を握るその手元に自分なりの美意識を宿らせて、今日も私は(強打しないよう心に強く誓いながら)粛々と卓に向かいます。

では、ごきげんよう。

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