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バート・バカラック

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
バート・バカラック
Burt Bacharach
1972年
基本情報
出生名 バート・フリーマン・バカラック
Burt Freeman Bacharach
生誕 (1928-05-12) 1928年5月12日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ミズーリ州カンザスシティ
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニューヨーク州ニューヨーククイーンズ区
死没 (2023-02-08) 2023年2月8日(94歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ロサンゼルス
ジャンル ポップス
職業 作曲家
編曲家
ピアニスト
音楽プロデューサー
歌手
担当楽器 ピアノ
共同作業者 ハル・デヴィッド
ディオンヌ・ワーウィック

バート・フリーマン・バカラック(Burt Freeman Bacharach、1928年5月12日 - 2023年2月8日)は、アメリカ合衆国音楽家作曲家編曲家ピアニスト音楽プロデューサーシンガーソングライター楽団指揮者

1960年代から1970年代にかけて、作詞家のハル・デヴィッドとのコンビで多くのヒット曲を作曲した。全米チャートで73曲、全英チャートで52曲のトップ40を記録している[1]

経歴

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1928年、ミズーリ州カンザスシティに生まれる[2]。父親は著名なコラムニストのBert Bacharach(Mark Bertram Bacharach)。ドイツ系ユダヤ人の血をひく[3]。母親はピアニスト[4]。1932年にニューヨーク市クイーンズ区キュー・ガーデンズに転居する[2]

フォレスト・ヒルズ高校(Forest Hills High School)を卒業後、カナダモントリオールにあるマギル大学、その後、ニューヨークのマネス音楽大学、夏期にはバークシャー音楽センターで学んだ[2]カリフォルニア州サンタバーバラのウェスト音楽アカデミー(Music Academy of the West)ではダリウス・ミヨーらに師事した[2]。アカデミックな作曲技法をダリウス・ミヨーヘンリー・カウエルといった、いわゆる西洋芸術音楽クラシック音楽)の作曲家に師事している。バカラックのアカデミックな音楽センスはこの時に培われたものである。

1950年から1952年まで徴兵され陸軍に所属していた[2]。帰国後、多くの曲を書きためながら不遇だった時期にマレーネ・ディートリヒが彼の才能を見抜いてバックに起用した。彼女の公私ともに渡るパートナーとなり彼女のステージに同行し、バックのオーケストラの指揮、アレンジ及び伴奏ピアノを担当したころから注目を集めるようになった。やがて、作詞家 ハル・デヴィッドとのコンビにより最盛期を迎え、1960年代から1970年代にかけて世界的な大ヒットを連発した。

自身でも歌を歌いソロ・アルバムも発表しているが、他歌手への楽曲の提供、編曲、プロデュースが知られている。(ディオンヌ・ワーウィックB・J・トーマスダスティ・スプリングフィールドカーペンターズトム・ジョーンズジャック・ジョーンズ等)。代表作に「ウォーク・オン・バイ」「遙かなる影」「世界は愛を求めている」「小さな願い」「恋よ、さようなら」「ベイビー・イッツ・ユー」「サン・ホセへの道英語版」などがある。

映画音楽でも数々の楽曲を提供し、特にジョージ・ロイ・ヒルの監督映画『明日に向って撃て![5] (Butch Cassidy and the Sundance Kid) 』の主題歌「雨にぬれても (Raindrops Keep Fallin' On My Head) 」はアカデミー主題歌賞を受賞し、 ビルボードでも1970年1月3日から4週連続で1位となり、ビルボード誌1970年年間ランキングでも第1位となった。

稀代のメロディーメーカーであり、コード進行の激しい曲構造に特徴がある。編曲においては、ジャズを出発点としながらもボサノヴァの世界的流行の時代にその影響を作風に反映した。モダンな和声と複雑なリズムパターンが独自のバカラックスタイルとして確立、またその楽曲がラテンなど多くのジャンルのミュージシャンが好んでレパートリーに取り上げる等、流行となった。

1980年代に入る頃からブラスストリングスを含むフルオーケストレーションの編曲が求められない時代となり、活躍の場が減るが、「ニューヨーク・シティ・セレナーデ 」("Arthur's Theme"、クリストファー・クロス,1981)、「愛のハーモニー」("That's What Friends Are For"、ディオンヌ&フレンズ,1985)、"On My Own"(パティ・ラベル&マイケル・マクドナルド,1986)といった親しみやすい楽曲を発表し、ビルボードで1位となるなど世界的にヒットした。

1997年の映画『オースティン・パワーズ』ではエルヴィス・コステロとともにカメオ出演をしている(バカラックは1967年の映画『カジノロワイヤル』の音楽を担当している)[6]

他のミュージシャンとのコラボレーションが多かったが、2005年に28年ぶりにソロアルバム『アット・ディス・タイム英語版』をリリース。2020年にはダニエル・タシアン英語版と組み、15年ぶりに新曲入りのアルバム『ブルー・アンブレラ』をリリースした[7][8]

私生活では4回の結婚歴があり、2人目の妻は女優アンジー・ディキンソン、3人目の妻はシンガーソングライターキャロル・ベイヤー・セイガーである。

サラブレッドのオーナーブリーダーでもある。かつて第1回ドバイワールドカップを勝ったシガーに続いてゴールした(2着馬)ソウルオブザマターを所有していた。

2023年2月8日、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルスの自宅にて自然死[1]94歳没

ミュージカル作品

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主な歌曲作品

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映画音楽

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出演映画

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主な受賞

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アカデミー賞

グラミー賞

出典

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  1. 1 2 バート・バカラックが94歳で死去 20世紀を代表するポップス作曲家”. Rolling Stone Japan 編集部 (2023年2月10日). 2026年7月26日閲覧。
  2. 1 2 3 4 5 Burt Bacharach (英語). The Official Masterworks Broadway Site. 2026年7月26日閲覧。
  3. Bacharach, Burt. Anyone Who Had a Heart: My Life and Music, HarperCollins (2013) ebook Chapter 1, "The Story of My Life"
  4. バート・バカラックさんが死去 「雨にぬれても」作曲”. 日本経済新聞 (2023年2月10日). 2026年7月26日閲覧。
  5. http://www.discogs.com/.../Burt-Bacharach-Butch-Cassidy...S...[リンク切れ]
  6. Burt Bacharach Bio (英語). A House Is Not A Homepage: Burt Bacharach. 2026年7月26日閲覧。
  7. “御年92歳バート・バカラック新作が日本のみCDリリース決定! ダニエル・タシアンとコラボ作品”. MUSIC LIFE CLUB. シンコーミュージック・エンタテイメント. 2020年10月2日. 2020年12月11日閲覧.
  8. “Burt Bacharach(バート・バカラック)|20世紀最高のヒットメーカーがダニエル・タシアンと組んで制作した15年振り新曲入りの新作”. TOWER RECORDS ONLINE. タワーレコード株式会社. 2020年10月22日. 2020年12月11日閲覧.

外部リンク

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