日本の宗教
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日本の宗教(にほんのしゅうきょう、にっぽんのしゅうきょう)では、日本における宗教について扱う。日本人の信仰は一般的に日本の神と外来の仏に対する信心として発展した[3]。明治以来の近代日本では国の政策として国家神道が事実上の国家宗教として扱われたが、終戦後に国家神道は解体され[4][5]、信教の自由が保障された(日本国憲法第20条)。2020年(令和2年)現在、日本には総計180,544の宗教法人がある[6]。現代の日本では信仰している宗教はないと認識する者が多い[1]。いっぽう、日本人は無意識的だが宗教的だとする見解もある[7]。
日本の宗教人口
[編集]信者数に関する調査結果
[編集]江戸時代には、宗門改によって人々の宗教上の所属を確認する調査が行われ、住民調査と併せて宗門人別改帳が作成された。ただし、これらはキリスト教禁止令や寺請制度など、当時の宗教政策と結び付いた制度であり、現代の宗教人口統計とは調査の目的や方法が異なる。
文化庁『宗教年鑑』令和3年版によると、2020年12月31日時点の宗教団体が報告した信者数は、神道系が8792万4087人(48.5%)、仏教系が8397万1139人(46.4%)、キリスト教系が191万5294人(1.1%)、諸教が733万5572人(4.0%)で、合計1億8114万6092人であった[8]。この合計は、当時の日本の総人口約1億2600万人を大きく上回る。
この統計でいう「信者」は、文化庁が共通の基準で認定した人数ではない。各宗教団体が、氏子、檀徒、教徒、信者、会員、崇敬者など、それぞれの団体で用いる基準や集計方法に基づいて報告した人数である[注釈 1]。そのため、複数の宗教団体で信者として数えられる人がいるほか、団体によっては個人の信仰意識と必ずしも一致しない基準で人数を集計している可能性がある。宗教年鑑の信者数の合計を、そのまま宗教を信仰する個人の実人数とみなすことはできない。
「諸教」は、文化庁の統計上、神道系・仏教系・キリスト教系のいずれにも分類されない宗教団体などをまとめた区分である。『宗教年鑑』平成29年版では、複数の宗教の要素を取り入れた宗教や、それらのいずれにも属さない独自の宗教などが含まれると説明されている[9]。そのため、日本発祥の新宗教だけでなく、イスラム教など、神道系・仏教系・キリスト教系のいずれにも属さない宗教も、この統計では諸教に分類される。
この区分は、宗教学上の宗教分類や、各宗教の教義・儀礼を厳密に区別するためのものではない。文化庁の説明によると、宗教団体の由緒、沿革、教典、教義、儀式などに加え、各団体の判断を踏まえ、統計上の整理のために分類されている[9]。また、同資料では、諸教を神道系・仏教系・キリスト教系のいずれにも入らないとみなされる諸派として説明している。したがって、この統計上の分類だけから、個々の団体の信仰内容や歴史的な系譜を一義的に判断することはできない。
宗教団体が報告した信者数と、個人を対象としたアンケート調査の結果には大きな違いが見られる。個人に対して信仰している宗教や信仰心の有無を尋ねる調査では、宗教を信仰していると答える人の割合が、宗教年鑑における信者数の割合から想像されるものより低くなることがある。この違いは、宗教団体が報告する信者数と、個人が自認する信仰とでは、調査対象や定義が異なることによる。
こうした違いの背景には、宗教団体ごとに信者の定義や集計方法が異なることがある。例えば、神社の氏子や寺院の檀家として登録された人々を基に人数を集計する場合、個人が現在どの程度信仰を意識しているかとは異なる結果になる可能性がある。一方、キリスト教やイスラム教などでは、洗礼やシャハーダなど、信徒としての所属に関わる手続きや規範が設けられている場合がある。ただし、信徒の定義や所属の扱いは、それぞれの宗教や団体によって異なる。
また、個人を対象とする調査では、回答者自身が「信仰している宗教」と認識するものを尋ねるため、宗教的な儀礼や慣習に参加していても、自らを特定の宗教の信者とは考えていない人がいる可能性がある。反対に、宗教団体の統計では、個人が信仰を自認しているかどうかとは別の基準で人数が集計されることもある。このため、宗教団体の統計と個人アンケートの結果は、それぞれの調査方法や質問内容を確認したうえで比較する必要がある。
「神道系」「仏教系」「キリスト教系」「諸教」という区分は、あくまでも宗教年鑑の統計上の分類であり、日本の宗教が宗教学上この4種類に大別されることを意味しない。例えば、天理教はかつて教派神道の一派に数えられていたが、現在の宗教年鑑では諸教に分類されている。『宗教年鑑』平成29年版では、天理教や、天理教系のほんみちについても、諸教に分類される経緯が説明されている[9]。このように、統計上の分類は宗教団体の歴史や自己認識、行政上の整理方法などに左右される場合があり、宗教の実態を理解する際には分類の基準にも注意する必要がある。
信仰に関する調査結果
[編集]宗教団体が報告する信者数とは異なり、個人に対して信仰している宗教や信仰心を尋ねる調査では、別の結果が得られている。
NHK放送文化研究所が国際比較調査グループ(ISSP)の一員として2018年に実施した調査によると、「ふだん信仰している宗教」について、仏教が31%、神道が3%、キリスト教が1%、その他の宗教が1%、「信仰している宗教はない」が62%であった[1]。この調査では、信仰している宗教がないと回答した人が過半数を占めた。
同調査で「あなた自身には信仰心や信心がありますか」と尋ねたところ、「とてもある」「かなりある」「まあまあある」の合計は26%、「どちらともいえない」は15%、「あまりない」「ほとんどない」「まったくない」の合計は52%であった[1]。同誌の分析では、ふだん信仰している宗教名を挙げた回答者のうち、信仰心があると答えた人の割合にも着目している[10]。
また、同誌では過去の調査との比較を通じて、「神仏を拝む頻度」「お天道様がみている」「人知を超えた力の存在」「自然に宿る神」など、宗教や信仰に関する意識についても分析している[11]。こうした調査結果を比較する際には、質問の表現や回答の選択肢、調査対象などを踏まえて解釈する必要がある。
ギャラップ国際協会(ギャラップインターナショナル)が2017年に実施した国際調査は、68か国を対象とし、約6万6000人から回答を得たと報じられている。この調査について、2018年の『クリスチャントゥデイ』の記事は、日本では回答者の29%が神を信じていない無神論者とされ、その割合は中国に次いで高かったと伝えている[12]。ただし、この結果は調査時点の回答者による自己申告に基づくものであり、「神を信じない」という回答を、宗教的な慣習への参加や、あらゆる宗教的観念の否定と同一視することはできない。
政府と宗教
[編集]との条文があり、日本国では信教の自由が認められ、国教は定められていない。
個々の宗教
[編集]神仏習合
[編集]
日本人の宗教意識は、古くから日本の神に対する信仰と、外来の仏に対する信仰の双方と関わりながら形成されてきた[3]。日本では、神道と仏教が相互に影響を及ぼし合う神仏習合(シンクレティズムの一種)が長く続いた。明治維新期に神仏分離が行われた後も、民間の信仰や習俗には両者の影響が見られる。神仏分離や廃仏毀釈に関連して、寺院が神社へと転用された例もある。こうした歴史的背景もあり、神棚と仏壇を同じ家庭に置いたり、仏教寺院の檀家であると同時に神社の氏子でもあったりすることは珍しくない。神道と仏教それぞれの信者数を合計すると2億人を超えるとされることがあるが、両方の宗教に関わる人々がいるため、単純な合計は実際の人数を表すものではない。
神道と仏教を別々の宗教として捉えるだけでなく、歴史的には両者が相互に影響し合い、複合的な信仰や慣習を形成してきた点も指摘される。現在も、誕生祝い、七五三、祈願などが神社で行われる一方、葬儀や先祖供養などでは仏教寺院が関わることが多い。ただし、こうした役割分担は一律のものではなく、地域や家庭、個人によって異なる。

自然宗教
[編集]縄文時代の人々は狩猟や漁労、自然物の採集などを営んでいた。こうした社会では、自然現象や動植物、土地などに対する畏敬や、災いを避けて自然の恵みを得ようとする儀礼が存在した可能性が考えられている。ただし、当時の人々の信仰を直接伝える文字記録はなく、その具体的な内容を明らかにすることは難しい。
縄文時代の終わりから弥生時代にかけては、稲作が日本列島に広がり、社会や生活様式が変化した。後世の神道につながる信仰や祭祀の起源を先史時代に求める見方もあるが、当時の信仰を後世の神道とそのまま同一視することはできない。
神道
[編集]『古事記』『日本書紀』『古語拾遺』などには、神々の物語や皇室に関わる伝承、祭祀に関する記述が残されている。これらは日本の神話や神道の歴史を考えるうえで重要な史料であるが、成立の背景や内容はそれぞれ異なる。
神道における「神」は、自然の事物や現象、祖先、歴史上の人物など、多様な存在を含む。神は恵みをもたらす存在として祀られる一方、疫病や災害などに関わる存在として畏れられることもある。神々への祭祀や信仰のあり方は、地域や時代によって多様である。
奈良時代以降、神社に神宮寺が建てられたり、仏教寺院で神が祀られたりするなど、神道と仏教が結び付いた。こうした神仏習合は長く続いたが、神社や地域によってそのあり方は異なっていた。明治維新期には、政府が神仏の区別を明確にするため、いわゆる「神仏判然令」を出し、神仏分離を進めた。その過程では、地域によって寺院や仏像などが破壊・撤去される廃仏毀釈も起きた。
第二次世界大戦後、GHQは神道指令を発し、政府による神道への支援や統制など、いわゆる国家神道を支えた制度の解体を進めた。戦後の神社は、主に宗教法人として運営されるようになった。
現在の神道には、八百万の神や祖先を祀る信仰、神社での祭祀、地域の祭礼など、多様な形態がある。神道の信仰や実践は、特定の教義や入信手続きを必ずしも必要としない場合があり、神社への参拝、祭事への参加、神棚の設置などを通じて関わる人もいる。一方、明確な教義や組織を持つ教派神道も存在する。神道の信者数や神社の数は、日本の宗教を扱う統計で大きな割合を占めるが、信者数の集計方法や宗教法人の報告基準によって数値は異なる。[13]


仏教
[編集]日本の仏教は、主として大乗仏教に属する諸宗派によって構成されている。仏教は日本の歴史や文化に大きな影響を与え、現在も葬儀や先祖供養など、さまざまな習俗と関わっている。
仏教は6世紀に日本に伝来したとされる。奈良時代には、南都六宗と総称される三論宗、成実宗、法相宗、倶舎宗、律宗、華厳宗などが学問や教学の中心となった。平安時代には、遣唐使などを通じて中国の仏教を学ぶ僧侶が現れた。
平安時代前半には、唐で仏教を学んだ最澄が帰国後に天台宗を広め、空海は密教を学んで帰国し、真言宗を開いた。天台宗は法華経を重視し、密教も取り入れた。真言宗では、宇宙の根本的な存在として大日如来を中心に据える教えが説かれた。
平安時代後半には、仏法が次第に衰退するとする末法思想が広まった。一部の仏典では、釈迦の教えが正しく実践される正法、教えが形骸化する像法、教えの実践が困難になる末法という時代区分が説かれている。日本では、末法の始まりを1052年とする見方が広く知られるようになった。末法思想は、当時の社会不安とも結び付き、阿弥陀如来への信仰を中心とする浄土思想が広がる一因となった。浄土思想に基づく寺院の建立や、来世での往生を願う信仰も広まった。
鎌倉時代には、浄土思想を広めた法然が浄土宗を開き、その弟子である親鸞は浄土真宗の基礎を築いた。親鸞の思想には、善人だけでなく、煩悩を抱えた悪人こそ阿弥陀仏の救いの対象であるとする悪人正機がある。日蓮は法華経を重視し、「南無妙法蓮華経」と唱える題目の信仰を説いた。これらの宗派や教団は、それぞれ異なる教義や実践を発展させた。仏教勢力の一部は政治や社会にも大きな影響を及ぼし、武装した僧侶や信徒が関わる争いも起きた。代表的なものに一向一揆や法華一揆がある。
同じ時代には、中国から伝わった禅宗も広まり、臨済宗や曹洞宗などの宗派が発展した。禅宗では、坐禅などの修行が重視されてきたが、各宗派の教義や実践は一様ではない。
現代の日本では、葬儀や先祖供養などに仏教が関わることが多い。葬儀の際には、故人に仏教上の名前を授ける戒名の慣習が広く見られる。浄土真宗では一般に法名と呼ばれ、曹洞宗などでは宗派固有の用語や儀礼が用いられる。戒名などは本来、仏教徒としての修行や受戒と関わるものであり、生前に授かる場合もあるが、日本では葬儀の際に授かる慣習も広く定着している。[14]
1898年、インド北部で発見された仏舎利は、シャム(現在のタイ王国)のラーマ5世に譲渡された。1900年にはアジアの仏教国などに仏舎利の一部が分与され、日本にも伝えられた。この出来事は、近代におけるアジア各地の仏教国・仏教団体間の交流の一例である。
キリスト教
[編集]この節には独自研究が含まれているおそれがあります。 |


日本におけるキリスト教の歴史は、16世紀に始まる。1549年、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に到着し、布教を開始した。その後、各地で宣教活動が行われ、キリスト教に改宗した大名も現れた。これらの大名はキリシタン大名と呼ばれる。当時の日本に伝来したキリスト教は主にカトリックであり、「キリシタン」などと呼ばれた。
16世紀後半には、キリスト教の布教をめぐって権力者との対立が生じた。1587年、豊臣秀吉はバテレン追放令を発布し、宣教師の追放を命じた。江戸幕府もキリスト教を禁じ、信徒への弾圧を進めた。公然とした宣教活動が困難になるなか、信仰を秘密裏に継承した人々もいた。これらの信徒は、一般に隠れキリシタンと呼ばれる。
明治政府は当初、キリスト教の禁制を維持したが、1873年にキリシタン禁制の高札を撤去した。これにより、キリスト教の布教が公に認められるようになり、海外から宣教師が来日して教会や学校を設立した。1889年に発布された大日本帝国憲法では信教の自由が規定されたが、国家による宗教統制は続いた。1940年には宗教団体法が成立し、カトリックとプロテスタントの教団も法制度上の枠組みに組み込まれた。
第二次世界大戦後、日本国憲法第20条によって信教の自由と政教分離の原則が定められた。キリスト教の諸教派は、戦後の宗教活動を通じて教会、学校、社会福祉などの分野で活動を続けている。
キリスト教の現況
[編集]日本のキリスト教には、カトリック教会、プロテスタント、東方正教会などの教派がある。各教派は教会を拠点に礼拝や布教を行い、教育、社会福祉、出版などの活動にも携わっている。
キリスト教は、日本の文化や生活習慣にも影響を与えている。クリスマスは広く行われる年中行事となっており、キリスト教式の結婚式も一般に見られる。また、キリスト教系の学校や、歴史的な教会建築も日本各地に存在する。ただし、こうした文化的な慣習への参加と、教会に所属して信仰を実践することとは区別される。
日本におけるキリスト教の信者数は、統計の対象や集計方法によって異なる。文化庁の『宗教年鑑』では、宗教団体から報告された信者数などに基づく統計が公表されている。一方、キリスト教関係の調査では、対象とする教派や教団の範囲によって集計結果が異なるため、異なる統計を比較する際には注意が必要である。
日本社会では、神道や仏教に関わる習慣が広く見られる一方、キリスト教の教会で礼拝する人は限られている。キリスト教は日本の宗教文化を構成する一要素であり、その歴史的な伝来、近代以降の制度上の変化、教育・文化面での活動などを通じて、日本社会と関わってきた。
アイヌの宗教
[編集]アイヌの伝統的な宗教・信仰では、自然や動物、植物、火や水、人間が作った道具など、さまざまな存在にカムイ(神)が宿ると考えられてきた。カムイは人間の世界に恵みをもたらす存在であり、アイヌの人々は祈りや供物を通じてカムイに感謝を伝えてきた[15]。
伝統的な祭祀では、祈りを捧げる場所であるヌサ(祭壇)や、カムイへの供物などに用いるイナウ(木幣)が重要な役割を果たす。また、イクパスイと呼ばれる祭具を用い、酒をカムイに捧げる儀礼も行われてきた[16]。動物の霊を神の世界へ送り返す儀礼としては、クマなどを対象とするイオマンテが知られる。こうした儀礼には、自然の恵みへの感謝や、人間とカムイとの関係が表れている。
アイヌの信仰や儀礼には地域による違いがあり、伝承や実践のあり方も一様ではない。現代においても、アイヌ文化の継承や再興に取り組む人々や団体が存在する。
沖縄の宗教
[編集]沖縄県には、琉球王国の成立以前から受け継がれてきた固有の信仰がある。これを「琉球神道」と呼ぶこともあるが、研究上は「琉球固有信仰」などの表現も用いられる。その中心的な要素の一つが、聖地である御嶽(うたき)に対する信仰である[17]。
御嶽は、神々を祀り、祭祀を行う神聖な場所であり、森や岩、泉などの自然環境と結び付いたものも多い。祭祀の形態や祀られる神々には地域差があり、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島の間にも相違がみられる。琉球王国時代には、王府の神話や祭祀歌謡にも固有信仰が反映されていた。
琉球の信仰では、祭祀を担う神女も重要な役割を果たしてきた。王府の祭祀に関わる聞得大君をはじめ、地域社会において祭祀を担うノロ(祝女)などが存在し、信仰は王権と地域社会の双方に関係していた。斎場御嶽や久高島は、琉球の信仰と祭祀に関わる場所として知られる。
沖縄には、こうした固有信仰のほか、仏教などの宗教も伝来し、地域の歴史や社会の中でさまざまな信仰が営まれてきた。
イスラム教
[編集]日本におけるイスラム教の受容は、明治時代以降の海外交流と関係している。19世紀末から20世紀初頭にかけて、日本人によるイスラム教への関心が高まり、海外で入信する日本人も現れた。また、ロシア革命などを背景として日本に移住したタタール人などのムスリムも、国内におけるイスラム教の普及とコミュニティーの形成に関わった[18]。
1930年代には、日本国内でイスラム教関係の団体や礼拝施設の設立が進んだ。1935年には神戸モスクが建立され、1938年には東京にもモスクが開設された。この時期のイスラム教への関心や関連団体の活動には、学術的・宗教的な関心に加え、日本の対外政策やイスラム圏への政治的関心も関係していた[19]。
第二次世界大戦後には、イスラム教関係団体の再編が進んだ。1952年には日本ムスリム協会が設立され、イスラム教の普及、宗教教育、出版、宗教行事の開催などに取り組んできた[20]。その後、海外との交流や日本で暮らす外国人の増加などを背景に、国内各地でモスクの建設や宗教活動が行われるようになった。
日本のモスクは、日々の礼拝や金曜礼拝のほか、ラマダーン(断食月)やイード・アル=フィトル、イード・アル=アドハーなどの祭日の礼拝・行事を行う場所である。また、信徒同士の交流、宗教について学ぶ機会、地域社会との接点としても機能している。施設の規模や活動内容はそれぞれ異なり、専用に建設された建物だけでなく、既存の建物を改装した礼拝施設もある[21]。
イスラム教の宗教実践には、礼拝、断食、喜捨、ハッジ(巡礼)などが含まれる。日本国内でも、モスクや宗教団体を通じてこれらの実践が行われている。また、イスラム教の戒律に適合した食品や行為などを指すハラールへの関心が高まり、飲食店や宿泊施設などの分野で、ムスリムの宗教的慣習に対応する取り組みもみられる[22]。
日本におけるイスラム教の実践は、海外にルーツを持つ人々と日本人の双方によって担われている。信徒の背景や宗教的慣習は多様であり、各地のモスクや宗教団体は、礼拝や宗教教育を行うとともに、日本社会との交流にも関わっている。
日本の新宗教
[編集]新宗教とは、幕末・明治以後、近現代に成立した宗教であり、統一した教義や戒律などはない。新興宗教(しんこうしゅうきょう)とも呼ばれる。
日本の民間信仰
[編集]民間信仰的要素は歴史的経緯もあり、複雑な様相を成している。これらは主にアニミズムを基盤としており、社殿以前の磐座や山岳信仰などに顕著であるが、神仏習合の影響も受け、形を変えて受け継がれているものも多い(道祖神と地蔵菩薩、えびす信仰など)。
密教などの影響を受け、仏教や神道の枠に収まりがたい発展を遂げた宗教には、修験道、陰陽道、山岳信仰などがあり、真言陀羅尼や功徳を積んだ法力への期待から御霊会など怨霊の鎮魂を担っていた。現代でも地鎮祭などにはこの考えが残っている。
日本国外の民族宗教や新宗教など
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いわゆる世界宗教以外の民族宗教についても日本国内に外国人主体の宗教施設を持つ教団は複数確認され、それらの宗教の信徒との結婚などで改宗した人々も存在する。
世界的に有力な外来宗教では、イスラム教信者が約12万人[23]から18万人[24]、バハイ教信者が約1万2000人[25]、ヒンドゥー教信者が約5000人、ユダヤ教信者が約2000人[26]、シク教信者が約2000人であるという。ゾロアスター教の信者も極少数ながら存在する。
中国三大宗教の一つとされる道教の寺院(道観)や日本人が設立した道教の団体もあるが、信者と呼べる人の数は不明である。法輪功や天道の信者も在日華人を中心に存在する。
朝鮮半島のシャーマニズムである巫俗を在日コリアンを中心とした人々が信仰しており、生駒山の山麓に所在する複数の韓寺はその信仰の中心となっている。天道教、円仏教の信者も在日コリアンを中心に信者がいる。
精神世界とスピリチュアリティなど
[編集]宗教の概念に入るかは議論が分かれるが、神智学やニューエイジやスピリチュアリティ・心霊主義は日本の文化にも一定の影響を与えている。異星文明への信仰などの信奉者も一定数は存在している。
サイエントロジーやUFO宗教のラエリアン・ムーブメントは日本にも拠点を置いている。フェミニスト霊性運動(Thealogy)、ディープエコロジー、Qアノンなどの影響も日本に及んでいる。
日本でも受容されているジャマイカ発祥のレゲエを通して、ラスタファリアニズムも日本の文化に影響を与えている。
日本人の宗教観
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もともと日本においては、仏教公伝から明治維新までは浄土真宗を除き神仏習合が基本で、神道と仏教が分けられない場合が一般的だった。寺院内に鳥居があったり、「八幡神(八幡大菩薩)」と神社の神を菩薩の呼び方で呼ぶ事例などに名残を見ることができる(ただし、どの時代にも熱心な仏教信者がいた)。
江戸時代に戸籍管理を目的として、仏教宗派のいずれかの寺院か、神社への帰属が義務付けられた(寺請制度)ことによって様々な習慣が生まれたが、今日では希薄となっている。また、七五三や結婚式が神社で行われるようになったのは明治以後のことで、宗門改めに起因するわけではない。
二宮尊徳(1787年 - 1856年)の話をまとめた『二宮翁夜話』という書物には、宗教多元主義を示すような譬え話も書かれている。
世の中に本当の真理はただ一つしかないが、その真理に近づく入り口はいくつもある。仏教、神道、あるいは仏教でも天台宗、浄土宗、浄土真宗、禅宗などいろいろあるが、これらは何れも一つの真理へ到達するための道に付いている沢山の入口の名前に過ぎない。例えば富士山に登るのに、吉田から、須走りから、須山から、それぞれ登れるが、最終的に頂上に至れば同じ所である。これを、違う目的に到達できる別々の道がある、と考えるのは誤りなのだ。入り口が幾つかあっても、最終的に到達する場所は同じ一つの場所なのだ。ところが世の中では、これらを別々な道であると言い真理が幾つもあるかのように解釈されがちなのだが、もともと仏教思想は紀元前に一人のブッダ釈尊によってとかれたもので、そうして顕された沢山の教義のなかから根本経典を選び出し、それぞれの宗派に分かれて守り伝えていっているに過ぎないのだ。
小説家の芥川龍之介(1892年 - 1927年)は、日本にいくら宗教を根付かせようとしても無理なのは、日本が古来から「八百万の神」を崇める、神道などに見られる独特の宗教観を持つからで、釈迦もイエス・キリストも日本にくれば神々の一人という扱いになる、といった主旨のことを短編小説「神神の微笑」[27]の中で登場人物に語らせている。また同時に、日本人が海外の思想に変化を加えて自分のものにする様子を「造りかへる力」とも表現している[注釈 2]。
小説家の井沢元彦(1954年 - )は、日本には無意識の強烈な「怨霊」信仰と、怨霊を発生させない「和」への信仰があり、神道はその上に成立し、仏教も結局は怨霊を鎮魂するための道具として活用されたと解説している。来日した外国人や、熱心な宗教信者となった日本人は、多くの日本人が無意識のうちに「和」を至上のものとする思想を持つことを見い出すことができるという。また井沢は日本人の持つ「言霊」への特異な信仰を見出している[28]。
現代
[編集]石井研士『日本人の宗教団体への関与・認知・評価に関する世論調査結果』(1999年11月実施)によると日本人の宗教評価は以下の通りである(単位:%)[29]。
| 非常に信頼 | まあまあ信頼 | あまり信頼できない | まったく信頼できない | わからない | |
|---|---|---|---|---|---|
| 神道 | 7.3 | 34.9 | 18.5 | 12.3 | 27 |
| 仏教 | 14.9 | 46 | 13.7 | 7.5 | 17.9 |
| キリスト教 | 4.5 | 25.2 | 19.5 | 17.1 | 33.8 |
| 新しい宗教団体 | 0 | 2.2 | 14 | 52.3 | 31 |
『読売新聞』が2005年8月6日、7日に行った「宗教」に関する世論調査では、「宗教を信じていない(無宗教あるいは無神論)」という選択肢を選んだ人が75%に上り、「信じている」を選んだ人は23%と、1979年の調査の34%と比べて11%減り、大枠では無神論者が増えている。ただし「神や仏にすがりたいと思ったことがあるか?」に関しては、54%の人が「ある」と答え、44%の人が「ない」と答えた(「宗教を信じていない」を選択した人でも47%が「ある」と答えた)。「幸せな生活を送るうえで宗教を大切に思うか?」に関しては、35%の人が「大切に思う」を選び、60%の人が「思わない」を選んだ[30]。
現代の日本人の大多数は、実際にはいわゆる宗教儀礼に参加してはいるものの、特定の宗教組織に対する帰属意識は薄く、自分のことを「無宗教」と考える者が多い。この場合の「無宗教」は、神や仏の存在を否定する無神論とは異なり、何かしらそれなりに信じているが、それを「宗教」とは認識していない、また特定の宗教組織や教義に全人格的に帰属してはいないということである[31]。
26カ国を対象とした「国際宗教調査2023」(フランス・イプソス社)では、日本人は宗教や超自然的存在に対して世界トップレベルで否定的であるという結果が出た[32]。
現代日本における宗教団体
[編集]日本において宗教団体は、宗教法人として法人格を得ることができる。宗教法人の認証は、宗教法人法に基づいて行われており、主たる事務所の所在地を管轄する都道府県知事が行う。ただし、他の都道府県内に境内建物を備える場合や他の都道府県内にある宗教法人を包括する宗教法人の場合などは、文部科学大臣が認証を行う。認証の後、事務所の所在地において設立の登記をすることにより成立する。ただし、民間信仰や新宗教などの宗教団体は宗教法人格を得ていない場合も多い。
2020年(令和2年)12月31日現在、日本には総計180,544の宗教法人があり、うち文部科学大臣所轄の宗教法人は神道系212、仏教系483、キリスト教系328、諸教124、都道府県知事所轄の宗教法人は神道系84,361、仏教系76,572、キリスト教系4,492、諸教13,972である[6]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 『宗教年鑑』では、信者について、各宗教団体が氏子、檀徒、教徒、信者、会員、同志、崇敬者、修道者、道人、同人などと称する者を含み、信者の定義や資格、数え方は各団体によって異なる旨を説明している。
- ↑ これに類似する現象としては、ヒンドゥー教のシステムでも、他の宗教の究極の信仰対象を勝手に、ヒンドゥーの神々の一人という扱いにしてしまうことが知られている。仏教が台頭した時も、ヒンドゥー教の指導層のバラモン階級は(対抗策として)ブッダもあくまでヒンドゥーの神々の一人という扱いにしている。また、現代ではイエス・キリストもヒンドゥー教の神々の一人という位置づけにされることがある(NHKのある番組でもヒンドゥー教徒らがヒンドゥーの神々の一人としてのイエス・キリスト(の肖像)に、他の神々同様に蝋燭の火を捧げる様子が放送された)。
出典
[編集]- 1 2 3 4 放送研究と調査 2019, p. 53.
- ↑ CIA World Factbook "Japan"2020年3月18日閲覧。
- 1 2 山折哲雄「日本人の宗教意識」『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、コトバンク。2026年6月27日閲覧。
- ↑ 国家神道『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』コトバンク。2026年6月27日閲覧。
- ↑ 村上重良「国家神道」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、コトバンク。2026年6月27日閲覧。
- 1 2 『宗教年鑑 令和3年版』 令和3年12月28日 文化庁編
- ↑ 柳川啓一「日本の宗教」『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、コトバンク。2026年6月27日閲覧。
- ↑ “宗教年鑑 令和3年版”. 文化庁 (2021年12月28日). 2026年10月29日閲覧。
- 1 2 3 『宗教年鑑 平成29年版』文化庁、24頁。
- ↑ 放送研究と調査 2019, p. 54.
- ↑ 放送研究と調査 2019, pp. 57–58.
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- ↑ 『世界の宗教と戦争講座』徳間書店2003年 ISBN 4198919062。『逆説の日本史』シリーズ。『井沢式「日本史入門」講座 1(和とケガレの巻)』徳間書店2006年 ISBN 9784198622312。など
- ↑ 黒川, 知文「日本におけるキリスト教宣教の歴史的考察Ⅰ」2002年3月1日。
- ↑ 宗教信じない75% 神仏すがりたい54% 読売新聞が世論調査 - CHRISTIAN TODAY 2005年09月02日2009年5月22日閲覧。
- ↑ LeFebvre, Jesse (2015-11-02). “Christian Wedding Ceremonies "Nonreligiousness" in Contemporary Japan”. Japanese Journal of Religious Studies 42 (2). doi:10.18874/jjrs.42.2.2015.185-203.
- ↑ 日本、神を信じる人は3% 主要26カ国で最低 宗教に対する見方も否定的傾向 : 宣教 : クリスチャントゥデイ
- ↑ 日本放送協会. “新アリーナ周辺で公園工事を前に地鎮祭 神戸|NHK 兵庫県のニュース”. NHK NEWS WEB. 2025年1月10日閲覧。
- ↑ “謎の「中電病」 中央・総武線各駅停車で相次ぐ運転士の体調不良:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2025年1月10日). 2025年1月10日閲覧。
参考文献
[編集]- 『日本宗教事典』弘文堂、1985年。doi:10.11501/12261536。
- 『日本宗教事典』(縮刷版)弘文堂、1994年。ISBN 978-4-335-16024-0。
- 世論調査部 小林利行「日本人の宗教的意識や行動はどう変わったか〜ISSP国際比較調査「宗教」・日本の結果から〜」(PDF)『放送研究と調査』2019年4月号、NHK放送文化研究所、NHK出版、52-72頁、2022年5月26日閲覧。