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「知っている」と「行動できる」は別もの——理念浸透を4つの状態で見直す

理念研修への参加は順調。社内報でも繰り返し伝えている。アンケートでは「理念を知っている」という回答も集まっている。

それなのに、日々の会議や仕事の進め方を見ると、何かが変わった実感がない。

「伝え方が足りないのかな」
「また新しい施策を考えないといけないのだろうか」

そんなふうに、担当者だけが宿題を抱えてしまうことはないでしょうか。

でも、取り組みを増やす前に、少し立ち止まってもよさそうです。今確かめているのが「言葉を知っていること」なのか、「仕事で使えること」なのか。その違いを整理すると、次に必要な支えが見えてくるかもしれません。




「浸透している」の中身を、少しほどいてみる

たとえば、会社の理念に「お客様に誠実である」と書かれているとします。

その言葉を覚えている人もいれば、大切な考え方だと感じている人もいる。納期が難しいときに、早めに事情を説明する人もいるでしょう。経験を振り返り、「誠実さには、できないことを伝える勇気も含まれる」と捉え直す人もいそうです。

どれも理念との接点ですが、同じ状態ではありません。

専門的には、こうした違いを「理念浸透の次元」と呼びます。日常の言葉にすれば、理念が、その人の気持ちや仕事にどう結びついているかということです。

この記事では、「知識」「共感」「実践」「深い理解」に分けて考えます。研究で扱われた共感・行動への反映・深い理解に、入口となる知識を加えた、記事独自の整理です。行動への反映は、ここでは「実践」と呼びます。

これらは、必ずこの順番に進むと実証されたものではありません。人を採点するためではなく、今どんな支えがあると助かるのかを考えるために使います。


研究は、今の職場を考える手がかりとして

手がかりにしたのは、高尾義明・王英燕による経営理念の研究です。

調査が行われたのは2008年。今の職場の実態を示す数字ではなく、浸透の見方を考えるための背景として参照します。

対象は、日本の製造業と卸売業の2社。理念浸透に積極的な企業での調査なので、日本企業全体にそのまま当てはまるとは限りません。

分析に用いられたのは計1,718人の回答です。会社が何を伝えたかだけでなく、従業員がどう受け止め、仕事に結びつけているかを考える材料になります。

分析では、共感、行動への反映、深い理解が異なる側面として捉えられました。また、上司が理念を尊重しているという部下の認識は、共感や行動への反映と関連していました。

ただし、従業員が自身の受け止め方や行動などを回答した質問紙調査です。施策の前後を追って効果を確かめた実験ではなく、因果関係まで確定した結果ではありません。

ここからは、この知見を手がかりに、私なりに職場での確かめ方と支え方を考えます。以下の質問例は、論文で検証された測定項目そのものではなく、対話やアンケートを見直すための案です。


知識——まず、言葉に出会えているか

知識は、理念の言葉や、おおよその意味を知っている状態です。

たとえば、「会社が大切にしている考え方は何ですか」と聞かれたとき、内容を思い出せる。そんな入口です。

研修の参加状況は、理念に触れる機会をつくれたかを確認する材料になります。ただ、出席したことだけで、内容を覚えているかまでは分かりません。

確かめるなら、「知っていますか」に加えて、「どんな考え方だったか、覚えている範囲で教えてください」と聞いてみる方法があります。

言葉が出てこなければ、本人の関心が薄いと決めつけず、説明の量や表現を見直してみる。たとえば、長い理念解説のそばに、身近な仕事の例を添えることもできそうです。

入口を整える仕事には意味があります。ここまで積み重ねてきた発信を、無駄だったと思わなくていいのです。


共感——自分も大切にしたいと思えるか

共感は、理念を知ったうえで、「自分の仕事でも大切にしたい」と感じている状態です。

たとえば、「お客様に誠実である」という考え方に対して、「自分も、分からないことをごまかされると困る。だから大切にしたい」と、自分の経験を重ねられることです。

一方で、言葉には賛成でも、職場での扱われ方に疑問が残る場合もあるでしょう。

「誠実さを大切にすると言いながら、都合の悪い報告は嫌がられる」

仮にそんな経験があれば、理念そのものより、言葉と現実の隔たりが気になっているのかもしれません。

確かめる問いは、「どんなところに納得できますか」「仕事の現実と合わないと感じる場面はありますか」。

納得しにくさが残るときは、違和感を話せる場も必要なのだと思います。「共感しています」という回答だけを期待すると、次に考えるべき困りごとを聞き逃してしまいそうです。


実践——迷った場面で、判断に使えているか

実践は、理念を具体的な選択や行動に結びつけている状態です。

たとえば、納期に間に合わない可能性が出てきたとき。ぎりぎりまで黙っておくか、早めに相談するか迷い、「誠実でありたいから、今伝えよう」と判断する。こうした場面に目を向けます。

「実践していますか」と聞くだけでは、何をもって実践と考えたのかが見えません。

「最近、理念を思い出して判断した場面はありましたか」
「そのとき、何を迷い、どう動きましたか」

出来事を聞くことで、具体的に確かめられそうです。必要に応じて仕事の記録や周囲が見た行動も照らし合わせると、本人の回答を補う材料になります。

ただ、共感していても、行動に移すのが難しい場面は考えられます。

たとえば、早めに報告したくても相談先が分からない。取引先への説明に上司の承認が必要なのに、返事が来ない。そんな場合は、相談や判断の進め方を整えることが助けになるかもしれません。

また、実践例が出てこなくても、理念を意識して判断する機会がなかった可能性もあります。機会があったか、何が行動を難しくしたかを分けて聞きたいところです。


深い理解——経験を通じて、意味を捉え直せるか

深い理解は、理念の説明が上手にできることだけではありません。経験を踏まえて、その言葉が仕事で何を意味するのかを考え直せる状態として捉えてみます。

先ほどの仮の例を続けるなら、早めに納期の相談をした後に、「事情を伝えるだけでなく、相手が選べる代案も必要だった」と気づくことです。

同じ「誠実」という言葉でも、自分の中の意味が具体的になっています。

確かめるなら、「経験の前後で、理念の捉え方は変わりましたか」「次に似た場面があったら、何を大切にしますか」と聞けそうです。

研究では、行動への反映と深い理解の関係が検討されています。ただし、振り返りの機会を増やす効果を直接検証したものではありません。振り返りを取り入れるという提案は、知見を職場に生かすための工夫です。

たとえば会議の終わりに、うまくいった理由や、迷いが残った判断を話してみる。立派な成功談でなくても構いません。「今も迷っている」と言えることも、理念の意味を考える入口になると思います。


測り方が分かれると、次の手も選びやすくなる

ここまで分けてみると、「浸透していないから、また研修をしよう」と決める前に、確かめられることが増えます。

言葉が届いていないなら、説明や接点を見直す。納得しにくいなら、違和感を聞く。行動が難しいなら、権限や相談先を確かめる。経験から何を感じたかが見えにくいなら、振り返る場を試してみる。

知りたい状態に合わせて、問いと取り組みを組み合わせるのです。

回答も、すぐに総合点にまとめず、それぞれを分けて眺めてみてはどうでしょうか。「共感はあるけれど、実践の例が出てこない」という違いが、次の相談の入口になります。

継続して確かめるなら、質問の言い方や、尋ねる相手・振り返る期間をなるべくそろえると、変化を見比べやすくなります。ただし、回答が変わっても、施策だけの効果とは限りません。仕事内容や職場の状況の変化も、併せて見たいところです。

部署を比べるときも、理念を使う機会や判断できる範囲の違いに目を向ける。数字や行動例の少なさだけで、関心や努力が足りないとは言えないからです。

私は、理念浸透を測る時間が、社員にも担当者にも「何を頑張ればいいのか分からない」を減らす時間になればいいなと思います。

明日は、今使っているアンケートや研修後の質問を開いてみてください。それぞれが知識、共感、実践、深い理解のどれを尋ねているか、余白に書いてみる。

知識を尋ねる質問に偏っていたら、最近の判断や迷いを聞く問いを添えてみる。それくらいの見直しからでも、次に必要な支えが見えてきそうです。

まずは「知っていますか」に、「仕事で理念を思い出した場面や、使おうとして迷った場面はありますか」を添えてみませんか。


参考にした情報

この記事を書くにあたり、以下の資料を参考にしました。

・組織学会『組織科学』掲載、高尾義明・王英燕「経営理念の浸透次元と影響要因──組織ルーティン論からのアプローチ──」2011年、論文PDF(J-STAGE)

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