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今日ときめいたこと722ー沖縄慰霊の日に寄せて

車の中で文化放送を聴いていたら、ゲストとしてフォトジャーナリストの安田菜津紀さんが出演していた。彼女は毎年沖縄慰霊の日を現地取材していると言う。今回その式場で高市総理に対する罵声がすごかったと語っていた。安倍前総理の時も罵声はあったが今回は今までで一番だったという。

高市総理の政策や発言を聞いただけで、なぜか不安というか危機感を感じてしまう。米軍基地を擁する沖縄の人々にしたらその危機感をもっと身近に感じるだろうことは容易に想像できる。

その上今回の同志社高校の辺野古における死亡事故が沖縄の歴史や現状を学ぶことを後退させかねない事態を引き起こしている。こんな動きが加速したら沖縄に対する我々の意識や理解はさらに遠のくだろう。

作家の奥泉光氏は「我々は戦後記憶のあり方を問い直す必要がある」と述べる。我々のもっている戦争の記憶はなんらかの意図を持って作られ継承されてきたからだと。

奥泉氏は戦後の日本を以下のように説明する。

「日本だけが『戦後◯年』の言い回しを続けられたのは、先の大戦に私たちが向き合ってこなかった端的な証左です。米国の意向で天皇が免罪され、西側の国々が賠償請求を放棄することで、日本は戦争責任を見つめる必要もなく国際社会に復帰し、経済成長に邁進できた」また「日本は戦後『戦争をしなかった』と言うが、米国の戦争に間接的に参加してきた」

だから戦争記憶の継承に問題がある。

「戦死者の大半が餓死や病死という非合理な作戦、誰もが戦争を始めた自覚がない『無責任の体系』、銃後の民の体制協力、鬼畜米英への敵意をあおった新聞、、、。そうした『失敗の本質』を表す数々の『体験』は、国民集団として反省的に共有され『経験化』されることはなかった」

「戦後日本は、尊い犠牲を礎にゼロから再出発し平和と民主主義を手にした、という「建国神話」=物語が核になった。そこでは、戦争の元凶は軍部であり、民衆や天皇はイノセントな存在になった

このような物語はGHQと政府の合作だが、定着に最も大きな役割を果たしたのは受難の語りを主調としたメディアと小説などの文化芸術作品だった。例えば、名作「ビルマの竪琴」は、戦争の主体である国家の姿と植民地支配の歴史は消去されている。戦友の弔いのために僧侶となり残った主人公はあくまで犠牲者である。国民がこのような物語を積極的に受容したのは、

一つは、加害者を忘却し犠牲者としての自画像に安住するのが好都合だからであり、もう一つは、戦後の一国平和主義に適合的だったからである。

司馬遼太郎の「坂の上の雲」は輝かしい明治と明るい戦後、両者に挟まれた「狂った戦前」を嫌悪し戦争は嫌だと語るが、植民地支配された人々は戦後日本人の物語からは消えてしまった」

沖縄の現状はその戦後の矛盾を我々に突きつけているのに80年経った今も積極的な国の解決策は見られない。本土に住む我々も慰霊の日が来れば思い出したように悲劇を語るが現状は変わらぬままである。

沖縄ばかりではない。シベリア抑留で死亡した兵士の遺骨。南方の島々に残る遺骨。満蒙開拓団という国策そして中国残留日本人の過酷な歴史。そのような負の歴史に向き合おうとしない日本の国家。その歴史的事実を語る歴史を自虐史観とまでいう政治家。

奥泉氏はそれに対して以下のように述べる。
「人々の記憶とその痕跡である記録を媒介に、それぞれの物語に対して批評性と対話性を持つことで歴史修正主義を退場させていくことはできるはずだ」と。そして、

「国家は支配の正統性のため、あるいは国民を束ねるため、歴史を作る、、、。教科書検定もある意味そうだが国家による『正史』つまり『正しい物語』の独占や、歴史語りの規制は、極めて不健全で危うい」

沖縄の歴史を学ぶ機会を閉じてはならないし、もっと日本の近現代史に光を当てた教育を望む。誤った方向に進もうとする国家の歯止めになるように。