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幸せとは、何者かになることではない― 幸せは、手に入れたものではなく、大切にできたものの中にある。

人生を変える、本質。第5章

幸せとは、何を残すか。

第1章では、自分自身の生き方について書いた。

第2章では、人を育て、組織をつくることについて書いた。

第3章では、前に立つ人の条件について書いた。

第4章では、仕事を通じて何を残すのかについて書いた。

そして第5章では、「幸せ」について書いていきたい。

幸せとは何か。

成功とは何か。

何を手に入れれば、人は満たされるのか。

人生の最後に、何が残っていれば幸せだったと言えるのか。

若い頃の私は、幸せとは何者かになることだと思っていた。

評価されること。

認められること。

成果を出すこと。

役職を得ること。

人より上に行くこと。

そういうものを手に入れれば、幸せになれると思っていた。

でも、今は少し違う。

幸せとは、何者かになることではない。

何を大切にして生きられたか。

その積み重ねの中にあるのだと思う。

今回は、「幸せとは何か」について書きたい。


何者かになりたかった

若い頃の私は、何者かになりたかった。

認められたかった。

評価されたかった。

すごいと言われたかった。

必要とされたかった。

人より早く成長したかった。

人より大きな仕事をしたかった。

その気持ちは、決して悪いものではなかったと思う。

前に進む力になった。

努力する理由になった。

苦しい時に踏ん張る支えにもなった。

何者かになりたいという思いがあったから、挑戦できたこともある。

でも、その思いが強すぎると、いつの間にか自分を苦しめることがある。

もっと評価されなければ。

もっと成果を出さなければ。

もっと認められなければ。

もっと上に行かなければ。

そう思うほど、今の自分を認められなくなる。

手に入れたものより、足りないものばかりを見るようになる。

そして、どれだけ進んでも、まだ足りないと思ってしまう。

私は、長い間、そういう生き方をしていたのかもしれない。


手に入れても、満たされないものがある

成果を出す。

役職が上がる。

責任ある仕事を任される。

周りから評価される。

そういう瞬間は、確かに嬉しい。

努力が報われたと感じる。

自分の道が間違っていなかったと思える。

もっと頑張ろうと思える。

でも、不思議なことに、その喜びは長くは続かない。

次の目標が見える。

次の課題が見える。

次の不安が生まれる。

もっと上がいる。

もっと成果を出している人がいる。

もっと評価されている人がいる。

そう考えると、また足りなくなる。

手に入れたはずなのに、満たされない。

その感覚を、私は何度も経験してきた。

だから最近は、こう思う。

幸せは、手に入れたものの量だけでは決まらない。

どれだけ多くを手に入れても、自分が何を大切にしているのかを見失えば、人は満たされない。

幸せには、外側の成功だけでは届かない場所がある。


比べるほど、幸せは遠くなる

人は、どうしても比べてしまう。

同期と比べる。

同年代と比べる。

社内の誰かと比べる。

世の中で活躍している人と比べる。

自分より評価されている人を見ると、心がざわつく。

自分より努力していないように見える人が認められると、納得できない。

自分だけが遅れているように感じることもある。

私にも、そういう感情がある。

今でもある。

でも、人と比べている限り、幸せは遠くなる。

なぜなら、比べる人生には終わりがないからだ。

上には上がいる。

違う土俵の人まで気になり始める。

自分が手に入れたものより、他人が持っているものの方が大きく見える。

そうなると、自分の人生を生きているようで、実は他人の物差しで生きていることになる。

幸せとは、誰かに勝つことではない。

自分が大切にしたいものを、大切にできていることなのだと思う。


幸せは、静かなところにある

若い頃の私は、幸せとはもっと分かりやすいものだと思っていた。

大きな成功。

大きな評価。

大きな達成。

誰かに認められる瞬間。

周りから注目される瞬間。

そういうものの中に幸せがあると思っていた。

でも、最近は少し違う。

幸せは、もっと静かなところにあるのかもしれない。

家族と普通に過ごせる時間。

仲間と笑える時間。

誰かにありがとうと言われる瞬間。

部下が少し成長した姿を見る瞬間。

苦しかった仕事を一緒に乗り越えた後の安心感。

今日も一日、逃げずに向き合えたと思える夜。

そういう小さな時間の中に、幸せはある。

派手ではない。

人に自慢できるものでもない。

数字で測れるものでもない。

でも、心に残る。

人生を支えてくれる。

本当に大切なものは、意外と静かに自分の近くにあるのだと思う。


失ってから気付くもの

人は、失ってから大切なものに気付くことがある。

健康。

家族との時間。

信頼。

仲間。

普通に働けること。

普通に眠れること。

朝、何事もなく起きられること。

当たり前だと思っている時には、その価値に気付きにくい。

私自身、体も心も限界に近かった時期がある。

眠れない。

朝起きると吐き気がする。

それでも会社へ行かなければならない。

そういう日々の中で、初めて分かったことがある。

普通に眠れること。

普通に食べられること。

普通に家に帰れること。

それは、決して当たり前ではない。

幸せとは、何か特別なものを手に入れることだけではない。

すでにある大切なものに気付けることでもある。

人は、足りないものばかり見ていると、今ある幸せを見失う。

だからこそ、時々立ち止まって確認しなければならない。

自分は、今ある大切なものを大切にできているか。


大切なものには、時間を使うしかない

何を大切にしているかは、言葉ではなく時間の使い方に出る。

家族が大切だと言いながら、まったく時間を使わない。

部下の成長が大切だと言いながら、向き合う時間を取らない。

健康が大切だと言いながら、体を壊すまで働く。

仲間が大切だと言いながら、困っている時に手を差し伸べない。

そういう矛盾は、自分の中にもある。

言葉では、大切にしていると言える。

でも、本当に大切にしているものには、時間を使っているはずだ。

時間は、人生そのものだ。

何に時間を使うかは、何に人生を使うかということだと思う。

だから、幸せを考える時には、自分の時間の使い方を見つめなければならない。

自分は、何に時間を使っているのか。

誰に時間を使っているのか。

何を後回しにしているのか。

本当に大切なものを、忙しさの中で置き去りにしていないか。

幸せは、考え方だけでは守れない。

大切なものに、実際に時間を使うことでしか守れないのだと思う。


幸せは、誰かとの関係の中にある

人生を振り返ると、幸せだった瞬間には、いつも誰かがいた。

一人で成果を出した瞬間よりも、誰かと一緒に乗り越えた瞬間。

自分だけが評価された瞬間よりも、仲間と喜べた瞬間。

自分が認められた瞬間よりも、誰かの成長を見られた瞬間。

そういう時間の方が、深く心に残っている。

人は、一人で幸せになることは難しいのかもしれない。

もちろん、一人の時間も大切だ。

自分と向き合う時間も必要だ。

でも、人生の温度を上げてくれるのは、人との関係だと思う。

信じてくれた人。

支えてくれた人。

叱ってくれた人。

一緒に笑ってくれた人。

苦しい時にそばにいてくれた人。

そういう人たちとの記憶が、人生を温かくしてくれる。

幸せとは、何を持っているかだけではない。

誰と生きているか。

誰に支えられ、誰を支えているか。

その関係の中にあるのだと思う。


何者かになるより、どう生きるか

何者かになりたい。

その思いは、今でも完全になくなったわけではない。

もっと成長したい。

もっと良い仕事をしたい。

もっと人の役に立ちたい。

もっと大きな責任を背負える人になりたい。

そう思っている。

でも、若い頃と違うことがある。

今は、何者かになることだけを追いかけたいとは思わない。

それよりも、どう生きるかを大切にしたい。

どんな役職になるかより、どんな姿勢で働くか。

どれだけ評価されるかより、誰に信頼されるか。

どれだけ手に入れるかより、何を大切にできるか。

どれだけ勝つかより、誰を支えられるか。

何者かになることは、人生の結果かもしれない。

でも、どう生きるかは、毎日の選択である。

そして、幸せはその毎日の選択の中にあるのだと思う。


幸せとは、何者かになることではない

若い頃の私は、幸せとは何者かになることだと思っていた。

今は違う。

幸せとは、何を大切にして生きられたかだと思っている。

大切な人を大切にできたか。

信じてくれた人を裏切らなかったか。

困っている人に手を差し伸べられたか。

自分の弱さをごまかさずに向き合えたか。

忙しさの中で、本当に大切なものを見失わなかったか。

人に誇れる肩書きよりも、自分の心に嘘をつかない生き方。

それが、私にとっての幸せに近い。

もちろん、私はまだできていない。

今でも欲がある。

今でも比べる。

今でも評価が気になる。

今でも足りないものを見てしまう。

でも、そのたびに立ち止まりたい。

自分は、何者かになるために生きているのか。

それとも、大切なものを大切にするために生きているのか。

幸せは、手に入れたものではなく、大切にできたものの中にある。

だから私はこれからも、何者かになること以上に、どう生きるかを問い続けたい。

── Flow Thinker R.

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