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【書籍】「日々初心、今がすべて」から考える、日々の小さな行動が組織をつくるということ

 塩沼亮潤著『日々初心、今がすべて ~この瞬間に心を込めて生きる~』(三笠書房、2024年)を拝読しました。

今、この瞬間を丁寧に生きる

 人生とは何なのか、よく生きるとはどういうことなのか。本書を通して一貫して流れているのは、その答えを遠いところに求めるのではなく、「今、この瞬間」に目を向ける姿勢です。過去をどれほど悔やんでもやり直すことはできず、未来がどうなるかもわかりません。だからこそ、今やれることを精一杯、丁寧に、誠実に行う。その積み重ねが人生をつくっていくと説かれています。

 著者が大切にしているのが「日々初心」という姿勢です。毎朝目を覚ますたびに、生まれ変わったような気持ちで一日を始める。掃除や挨拶、時間を守るといった、ごく当たり前のことにも心を込めます。人生を大きく変える特別な出来事だけを求めるのではなく、目の前の小さな行いをおろそかにしないことが、自分自身を少しずつ変えていくのです。

人生は「小さな行」の積み重ね

 著者は十九歳で修行の世界に入り、毎日の掃除や勤行、作務など、同じことを繰り返す生活を経験します。その繰り返しには、自分の気持ちや体調に左右されない「安定した心」を養う意味がありました。

 精一杯取り組んでも一日は一日、漫然と過ごしても一日は一日です。短期間では大きな違いが見えなくても、それが一年、十年と続けば大きな差になります。学校や会社での仕事も同じで、今日という日に与えられた役割に向き合い、一つひとつ積み重ねることが、自分自身を形づくっていきます。

 同時に、目標達成だけに意識を向けすぎると、周囲への気配りや思いやりを失うことがあります。自分の成長と、周囲の人に喜んでもらうこと。その両方を大切にするところに、本書の特徴があります。自分を高めることと、誰かのためになることは別々ではなく、つながっているのです。

困難は、自分の心を磨く機会になる

 人生には、生老病死をはじめ、自分の力だけでは避けられない苦しみがあります。人を傷つけたり、失敗したり、自分の思い通りにならなかったりすることもあります。そこで著者が大切にするのは、過去を後悔し続けることではなく、心から反省し、次の行動を変えることです。

 困難に直面したときにも、「なぜ自分だけが」と考え続けるのではなく、「では、どうするか」と自分に問いかける。著者自身、修行を終えて故郷の仙台に戻り、新しい寺を建立する過程でさまざまな苦労に直面しました。しかし、その都度工夫し、目の前の壁を乗り越えていくことで、困難そのものが心を成長させる経験になったと振り返ります。

 よいことだけの人生も、悪いことだけの人生もありません。大切なのは、与えられた出来事をどう受け止めるかです。マイナスに見える経験を後からプラスに転じることもできます。そのためにも、一瞬一瞬、地に足をつけて歩んでいくことが大切になります。

人間関係こそ「人生最大の行」

 本書の中でも特に多くのページが割かれているのが、人間関係です。著者は、人と人とのかかわりこそ人生における最も大切な「行」だと考えます。

 人にはそれぞれ異なる考えや感情があります。当然、気の合う人もいれば、苦手な人もいます。しかし、さまざまな人がいるからこそ、自分の感情や考え方に向き合う機会が生まれます。苦手な相手は、ときに自分を磨く「砥石」のような存在にもなります。

 ここで印象的なのが、相手を変えようとする前に、自分の心や接し方を振り返る姿勢です。著者自身、長年どうしても受け入れられない相手がいました。しかし、自分から一歩踏み込み、自分の側にも相手を拒む気持ちがあったことに気づいたことで、関係の見え方が変わっていきます。

 もっとも、すべての人と無理に親しくすることを勧めているわけではありません。相手によってほどよい距離を保ち、自分が疲弊しない関係を考えることも大切だとしています。「受け入れること」と「無理に近づくこと」は同じではないという点も、現実の人間関係を考えるうえで心に留めておきたいところです。

礼儀とは、心を相手に届けること

 人間関係を支えるものとして、本書では礼儀の大切さも語られています。礼儀とは形式だけではなく、感謝、反省、敬意を心に持つことです。

 同じ「ありがとう」「すみません」「はい」という短い言葉でも、そこに込められた気持ちによって相手への伝わり方は変わります。言葉と態度と心は切り離せません。表面的に丁寧な言葉を使うだけではなく、その人を尊重する気持ちがあってこそ、真意が伝わります。

 そして、コミュニケーションでは、自分の意見を伝える前に、まず相手の考えをいったん受け止めることが大切だと説かれています。自分とはまったく違う考え方であっても、「この人はそう考えるのか」と耳を傾ける。自分を大切にしてほしいなら、自分を大切にするのと同じように相手を尊重する。その積み重ねが、人と人との関係をつくっていきます。

【企業人事の視点から考える】

「当たり前」を大切にする組織文化

 本書を企業で働く人の視点から読むと、まず考えさせられるのが、日常の小さな行動の意味です。組織では、経営戦略、人事制度、評価制度、研修など、どうしても大きな仕組みに目が向きます。しかし、実際の職場の空気をつくっているのは、毎日の挨拶や返事、約束した時間を守ること、相手の話を最後まで聞くこと、仕事を丁寧に引き継ぐことといった、小さな行動でもあります。

 制度を整えることはもちろん大切ですが、制度だけで信頼関係が生まれるわけではありません。「ありがとう」「すみません」「はい」といった日常的な言葉に、きちんと心が込められている職場かどうか。困っている人がいたときに自然に声をかけられるか。こうした日常の振る舞いを組織文化として大切にしていくことも、一つの大切な視点になりそうです。

 理念や行動指針を掲げる際にも、抽象的な言葉だけで終わらせず、「私たちは日常でどんな行動を大切にするのか」まで対話してみる。そのような機会を設けるのも一手ではないでしょうか。

評価を「日々の積み重ね」に近づける

 本書にある「人生は小さな行の積み重ね」という考え方は、評価や人材育成についても示唆を与えてくれます。

 仕事では成果が重要です。一方で、成果だけでは見えにくい日々の努力があります。後輩に声をかけている、チームの困りごとを自然に引き受けている、地道な改善を続けている、トラブルが起きたときに周囲を支えている。そうした行動が積み重なって、組織全体の力になっていることも少なくありません。

 評価制度の中ですべてを点数化する必要はないと思いますが、上司との1on1や日常的なフィードバックの中で、小さな成長や貢献に光を当てることは考えられます。「結果はまだ出ていないけれど、この行動は以前よりよくなった」と伝えることができれば、本人も自分の成長を実感しやすくなります。

 年に一度、あるいは半年に一度の評価だけではなく、日々の小さな積み重ねを互いに認められる職場をつくっていきたいところです。

「苦手な人」をなくすのではなく、関係を扱う力を育てる

 職場の悩みの多くには、人間関係が関係しています。価値観も経験も性格も違う人が集まって仕事をしている以上、全員と気が合う職場をつくることは現実的ではありません。

 本書の「いろいろな人がいるから修行になる」という考え方は、ここに一つのヒントを与えてくれます。苦手な相手がいることそのものを問題とするより、違う考えを持つ相手とどのように仕事を進めるか、感情が動いたときにどう向き合うかを考えることです。

 研修でも、単に「コミュニケーションをよくしましょう」と伝えるだけではなく、自分と異なる意見をいったん受け止める練習や、自分の感情を整理してから対話する方法を扱うことが考えられます。管理職研修や1on1研修などでも、話し方の技術だけではなく、相手を尊重して聴く姿勢を扱ってみる価値がありそうです。

心理的安全性と「ほどよい距離」

 一方で、本書が「ほどよい距離感」の必要性にも触れている点は、職場を考えるうえで重要です。

 多様性を尊重することは、誰とでも仲良くすることではありません。相手を受け入れることと、相手のすべてに合わせることも違います。職場では、必要な協働関係を保ちながらも、互いの境界線を尊重することが必要です。

 これは心理的安全性を考える際にも通じます。何でも言い合えることだけを目指すのではなく、無理に踏み込まないことや、必要な距離を保てることも安心感の一部です。人間関係に悩む社員に対しても、「もっと相手と話し合いましょう」という方向だけでなく、業務分担やコミュニケーション方法を工夫して適切な距離をつくるという選択肢も持っておきたいところです。

失敗を「後悔」ではなく「反省」に変える

 本書では、後悔と反省が区別されています。起きてしまったことをいつまでも悔やむのではなく、振り返り、次に同じことを繰り返さないために行動を変えていく。この考え方は、失敗をどのように扱う組織であるかを考える際にも参考になります。

 ミスが起きたときに、誰が悪かったのかだけを追及する職場では、社員は次第に失敗を隠すようになるかもしれません。一方で、失敗を曖昧にしてしまえば、同じことが繰り返されます。大切なのは、責任をうやむやにすることではなく、「何が起きたのか」「次はどうすればよいのか」に視点を移していくことではないでしょうか。

 失敗を経験した本人が、必要以上に自分を責め続けるのではなく、その経験を次の行動に変えられるような対話を行う。上司や周囲がそうした関わり方を身につけていくことも、挑戦できる組織づくりにつながる一手だと思います。

「日々初心」をキャリアに取り入れる

 長く同じ会社や仕事にいると、経験が増える一方で、慣れも生まれます。知識や経験が豊富になるほど、「これは知っている」「以前もやった」と考え、新しいものを素直に受け取れなくなることもあります。

 だからこそ、「日々初心」という言葉は、ベテラン社員や管理職のキャリアを考えるうえでも意味があります。昨日までの経験を大切にしながら、今日出会った出来事には今日の自分として向き合う。年齢や役職にかかわらず、自分にもまだ変えられるところがあると考えられることは、長い職業人生を歩むうえで大きな力になります。

 研修を若手だけのものとせず、管理職やベテラン社員にも、自分自身を振り返る機会をつくることが考えられます。何か新しい知識を教えるだけではなく、「最近、自分が当たり前だと思い込んでいることは何か」「部下や若手から学んだことは何か」と問い直す時間も、人材育成の一つなのだと思います。

「今」を大切にできる職場へ

 本書を読み終えて改めて感じるのは、組織もまた、日々の小さな積み重ねによってつくられているということです。

 制度を一つ変えたから、研修を一度実施したから、急に組織文化が変わるわけではありません。今日交わされた一つの挨拶、上司から部下への一言、失敗した社員への接し方、異なる意見を持つ相手への向き合い方。その一つひとつが積み重なって、「この会社ではどのように人と接するのか」という文化になっていきます。

 だからこそ、大きな改革だけを考えるのではなく、今日からできる小さなことにも目を向けたいところです。目の前の一人の話を丁寧に聞くこと。感謝を言葉にすること。失敗を次につなげること。自分と違う意見にも一度耳を傾けること。そして、昨日までの経験に頼り切らず、今日を新しい一日として迎えること。

 「日々初心、今がすべて」という言葉は、個人の生き方だけでなく、組織づくりにも通じるものがあります。未来の組織文化は、遠い将来に突然出来上がるものではありません。今、この瞬間の一人ひとりの行動から、少しずつ形づくられていくのだと思います。

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