転職活動15年目の視点|誰かに「×(バツ)」をつけられても気にしないで大丈夫
もし今、あなたが転職活動がうまくいかなかったり、今の職場の評価や人間関係に悩んで、「自分はダメなんじゃないか」と孤独な痛みを抱えているなら、少しだけ僕の話に付き合っていただけると嬉しいです。
これまで15年間にわたって何度も転職活動を重ね、いくつもの企業で働いてきた僕ですが、どの現場でも、そして採用の場でも、ずっと感じてきたことがあります。
それは、世の中にはこちらの存在に容赦なく「×(バツ)」をつけてくる場面や人が、本当にたくさんあるということです。
「転職回数が多いからNG」
「年齢が高いから厳しい」
「この分野の経験がないからダメ」
「理解できない経歴だ」
「うちの社風に合わない気がする」
「なんとなくハングリーさが足りない」
などなど
意図的に意地悪で言ってくる人もいれば、組織の論理や無意識の偏見で、悪気なく「×」を置いていく人もいる。若い頃だけでなく、40代後半になった今でも、品定めされるように理不尽な「×」を突きつけられ、心が折れそうになる瞬間はあります。
転職活動や今の仕事でうまくいかない時、人はそうやって他人に叩きつけられた「×」を自分の人間としての価値だと勘違いし、「自分は無価値なんだ」と思い込んで自信を失ってしまいがちです。
けれど、何度もこの波をくぐり抜けてきた今だからこそ、心から伝えたいことがあります。
「他人が勝手につけてくる×(バツ)なんて、一切気にしなくていい」ということです。
他人の物差しに振り回されて落ち込み、自分の未来や可能性を諦めてしまうことこそが、一番もったいなく、取り返しのつかないことだからです。自分を全否定してくる相手の言葉に、あなたの価値を決めさせる必要なんて1ミリもありません。
最近、Netflixで配信されている韓国ドラマを最後まで観終えたとき、僕はそのことを改めて強く確信しました。それと同時に、「気にせず前を向くこと」と「自分の弱さを理解し、支え合える関係を周囲に作ること」の大切さを深く教えられました。
もし今、社会や誰かのつけた「×」に苦しんでいるなら、ぜひ僕の気づきと、このドラマの話を読んでみてください。
1話目で挫折しかけた、ある「地味なドラマ」との出会い
その韓国ドラマのタイトルは、『誰だって無価値な自分と闘っている』といいます。
実は最初は、1話目のあまりの重苦しさに挫折しかけました。
主人公のファン・ドンマン(ク・ギョファン)は、40代になっても映画監督の夢を果たせず、バイト生活で世間から「×」をつけられ続ける不器用な男。ヒロインの映画プロデューサー、ピョン・ウナ(コ・ユンジョン)も、優秀さゆえにいびられ、元カレに手柄を横取りされ、親に捨てられたトラウマから「自分は誰からも必要とされていない」という根深い無価値観と闘っています。
しかし、この地味で惨めな日常を乗り越え、物語が中盤から終盤へと加速していくにつれ、この作品の持つ輝きに僕は完全に圧倒されました。最後はもう、あまりにも感動して、一人で静かにボロボロと涙を流してしまいました。
このドラマには、派手な超能力も、スカッとする復讐劇も、急に大富豪になって見返すような都合のいい奇跡(シンデレラストーリー)も一切出てきません。どこまでも地味で、どこまでもリアルな「私たちの日常の延長線上」にある物語です。
それなのに、なぜこれほどまでに胸が締め付けられ、グッとくるのか。
それは、脚本家パク・ヘヨン氏(『マイ・ディア・ミスター』『私の解放日誌』)の描く世界が、誰もが隠しておきたい「みじめさ」や「心の傷」に、これ以上ないほど誠実に、どこまでも優しく光を当ててくれるからだと思います。
他人がつけた「×」に傷つき、のたうち回りながらも、彼らは決して歩みを止めない。自分の弱さを認め、泥臭くもがきながら、自分だけの「価値」を1ミリずつ見出していく。その姿は、一歩一歩が愛おしく、観ているこちらの魂まで救われるような本当に素敵な人間ドラマです。
他の視聴者たちのレビューを見ても、「最初は暗いと思ったけれど、人生で一番大切な一本になった」「これは自分のために作られたドラマだ」と、熱狂的な感動の声で溢れています。
派手な映画のようなきらびやかさはなくても、観終えた後に心にじんわりと残る温かさは、間違いなく一級品です。他人の物差しで測られてすり減っている現代人の心を、そのまま両手で包み込んで全肯定してくれる、至高の名作だと僕は感じています。
「勝者か敗者か」という狭い物差しから自由になる
このドラマの登場人物たちの姿と、僕自身の15年に及ぶ転職活動やキャリアを重ね合わせたとき、ひとつの気づきがありました。
当時、僕の経歴だけを見て一方的に「×」をつけてきたエージェントや中小企業の社長は、僕の未来の可能性を何一つ想像できていませんでした。現在の僕は、彼らには到底想像もできなかったであろう場所で、前向きに頑張り、しっかりと自分の仕事をして少しは人の役に立てるようになっています。
高度なスキルや現在の年収、採用の合否だけで人間の価値が決まるわけではないのだと、今なら思えます。誰かに「×」を判定されて消沈することもあるけれど、「そんなことない。本当に無価値なわけない」と自分で自分を信じ、もがきながら前に進んでいくこと自体に、何にも代えがたい尊い価値があるのだと、ドラマを通じて改めて深く考えさせられました。
傷つきながらも前を向こうとする「弱さの中の美しさ」は、他人がどう評価しようと、絶対に汚されることのない本物なのだと僕は信じています。
一人で閉じこもらず、お互いに支え合える関係の大切さ
そして、全話を観終えて僕の心に最も残ったのは、「人は一人では戦えない」という温かい真実でした。
自分の無価値さと戦って心がすり減っている時、人間はどうしても孤独の殻にこもり、「自分なんて誰にも理解されない」と心を閉ざしてしまいがちです。僕自身もそうでした。
けれど、僕自身の過去の暗闇を振り返っても、そこから抜け出すきっかけをくれ、運を向かせてくれたのは、いつも周囲の人のさりげない優しさやサポートでした。
このドラマの主人公たちも、お互いの弱さや惨めさをすべて知った上で、決して見捨てずにそっと支え合います。完璧な人間なんて一人もいません。順調そうに見える人であっても、見えないところで自分の無価値さと必死に戦っている時期が絶対にあります。
だからこそ、辛い時こそ殻にこもらず近くの誰かを頼ること。そして、いざという時に支え合える人間関係を日頃からはぐくみ、自分自身も、誰かが「×」をつけられて苦しんでいる時にそっと手を差し伸べられる人間でありたいと、強く思わされました。
モヤモヤを抱える、すべての人へ
実は今でも、過去の失敗や「あの時うまくいかなかったこと」を不意に思い出しては、現状への焦りや将来に対する不安に襲われることがあります。「自分は本当にこのままでいいのだろうか」と、ふとした瞬間に言いようのないモヤモヤに立ち止まってしまうことがあるのです。
けれど、そんなふうに心が曇っていた僕にとって、この作品を最後まで見届けたことは、最高に贅沢で優しい救いになりました。
主人公たちが必死に自分の価値を証明しようともがく姿に、自分自身の不安をそっと重ね合わせ、彼らの小さな一歩に並走することで、僕の心のモヤモヤは本当に優しく癒やされていきました。「ああ、また前を向いて頑張ろう」と、自然と前向きな気持ちにさせてもらったのです。
おわりに
今、転職活動やキャリアがうまくいかなくて落ち込んでいる方、周囲からの評価に自信をなくしている方、演じる日々に言いようのないモヤモヤを抱えている方へ。
「誰だって、そんな時がある」
みんな見えないところで必死に戦い、誰かがつけた「×」と格闘しているのだから、必要以上に自分を責めなくてもいいのではないか、と僕は思います。
出遅れても、遠回りをしても、心ない言葉で批判されても、人生はそこで終わりません。一人で抱え込まず、時には人の優しさに甘え、お互いに支え合いながら、前向きに一歩ずつ前へ進んでいけたらいいですよね。
もし、今のキャリアや人生の悩みに押しつぶされそうになっているなら、一度Netflixを開いて、この地味で、でも信じられないほど温かいドラマ『誰だって無価値な自分と闘っている』を観てみるのもいいかもしれません。
派手な成功法則は出てきませんが、等身大で戦い続ける人たちの姿が、きっとあなたの心に貼られた「×」を優しく剥がし、明日を生きる力をくれるのではないかと、僕はそう感じています。
