中途半端な英語学習から「言葉を届けること」を考えた夜
「英語まじで無理だわ……」
高校1年の冬、悟った。
受験に英語が不要な道を選んだその時から、ずっと逃げてきた。
そんなわたしが、語学アプリ「Duolingo」のチリツモチャレンジに取り組みはじめて、なんと311日をむかえた。

英語の学習量としては、かなりささやか。
日によってアプリを開く時間はまちまちだし、
レベルなんて「中学英語」からのやり直し。
最近ようやく、レストランで希望のものを注文できるようになった。
でも、それが意外と楽しい。
昔のわたしは、英語をほとんど捨てていた。
音楽の受験に間に合わせるのに、英語まで手が回らなかったからだ。
だから、英語に関しては本当に自信がない。
どこからやり直せばいいのかも、長いあいだわからなかった。
紙のテキスト、Youtube動画、AIでプログラムを組む。
なんなら、自分が歌っていた歌の歌詞まで!
いろいろ試してみたけれど、全部挫折。
一番楽しく続いているのがDuolingoだ。
ただ、これだけで英語が話せるようになるとは思っていない。
それでも、中学レベルの英語を思い出しながら、少しずつ振り返る感じが、
今のわたしにはちょうどよかった。
先に進むごとに、忘れていた単語やフレーズが少しずつ戻ってくる。
「あ、これ習ったわ!」
「そういえば、こう言うんだった」
そんな小さな記憶の引き出しを、ふたたび開きなおす感覚が心地よい。
英語の学びなおしを始めたきっかけは、ある夜のふがいない出来事だった。
1年ほど前、近所のコインランドリーで韓国の方に話しかけられた。
「マシンの使い方を教えてほしい」と。
機械のそばには、日本語と英語の説明書きがある。
なのに、なんでわたしに聞く?と思いつつも、なんとか伝えようとした。
翻訳アプリを使い
「Google翻訳で、その説明書をハングル語にして読んでみて」
何度も伝えるが、うまく噛み合わなかった。
相手も困っていたのだろうが、最後は嫌な言い方をされてしまった。
「あなたに質問したわたしを残念に思う」
なかなかパンチのきいたカタコト日本語を放ち、去っていった。
(……え?)
目の前のドラム式乾燥機が歪んで見え、座り込みそうになった。
少し落ち着くと、怒りがこみ上げる。
「なんだよ、アンタが勝手に聞いてきたんじゃん!」
それくらい言い返したかった。
でも「わたしが英語で伝えられたら」こうはならなかったのだ。
そこから「Duolingo」を伴走者とした、やり直し学習がはじまった。
英語の歌を歌う時も、取り組み方に変化が出てきた。
以前は、chatGPTに英語の歌詞を読みこませ、
「ネイティブが歌うようにルビを打って」
などと頼んでいた。
いくら本番間近とはいえ……とんだAIの使い方だ!
それでも「Duolingo」のおかげで、発音がほんの少しマシになった気がする。
歌の歌詞も、前より近くに感じるようになった。
最近、飛行機から降りたところで、外国人の若者に話しかけられた。
「福岡に住んでいるの?」
「旅行?それとも帰るところ?」
そんな会話だったと思う。
わたしは、たどたどしく答えた。
I live in Fukuoka.
その先は、流暢には話せなかった。
相手が翻訳ツールを出して、わたしも紙とペンを取り出し、会話を続ける。
単語がぽつぽつ出てくる!
それはたぶん、Duolingoのおかげだ。
その人に、福岡の屋台について聞かれた。
「旅行客は必ず行くべきなのか?」と。
わたしは、自分の考えを伝えた。
「屋台は、たしかに福岡らしい風情がある。
でも、福岡には他にもおいしいものがたくさんあるよ」と。
屋台は観光客向けの値段になっているところもあるし、
衛生面も含めて、ちゃんと自分の目で見て決めてほしい。
「有名だから行く」ではなく、本当に食べたいかどうかで選んでほしい。
そう伝えた。
福岡の名物だから。
観光客に人気だから。
ネットでよく見るから。
そういう理由だけで決めるより
「せっかくお金と時間を使うのだから、あなたが本当に食べたいものを!」
と。
「何が一番食べたいの?」と聞くと、
その人は、実は豚骨ラーメンよりもうどんに興味があると言った。
それなら、屋台じゃなくてもいい。
地元民お勧めのうどん店を数件書いて渡し
「Enjoy your trip in Fukuoka.」
と必死の笑顔で伝えて、別れた。
たぶん、英語がペラペラな人なら、
もっとスマートに伝えられたのだと思う。
もっと気の利いた言い回しで、
もっと短く、もっと正確に。
でも、わたしはわたしなりに伝えた。
今できることを精一杯……。
「英語が少しでも話せる人になりたい」
そう言うと、なんだか大きな目標に聞こえる。
でも、今のわたしが思っているのは、もう少し小さい。
道を聞かれたとき。
困っている人に声をかけられたとき。
旅行先で、隣の席の人と少しだけ話すとき。
そのときに、
「ごめんなさい、わかりません」で終わらせず、
一言でも届けられる自分でいたい。
完璧じゃなくていい。
中学英語でもいい。
単語だけでもいい。
翻訳アプリに助けてもらってもいい。
それでも、何もしていなかった頃よりは、少しだけ届く。
中途半端な英語でも、いつか誰かに届く言葉にしたい。
外国語でさえ、そんなふうに思う。
それなら、日本語はもっとそうだ。
うまく言えない日もある。
書きながら迷う日もある。
書いたあとで、恥ずかしくなる日もある。
それでも、言葉にすることをやめたくない。
今年の2月4日からnoteの投稿を続けている理由もそこにある。
完璧な文章を書きたいからではない。
うまいことを言いたいからでもない。
中途半端でも、たどたどしくても、
いつか誰かに届く言葉にしたい。
英語でも、日本語でも。
そう思っているから、今日もまた、わたしは書いている。
過去の英語学習について書いた記事はこちら👇
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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