地球を滅ぼす合成化学物質 ~大気と水の深刻な環境汚染~
前回の記事では、生物に健康被害を与えている合成化学物質について意見を述べた。有害な合成化学物質が脅かしているのは生物の生命・健康だけではない。水と大気の汚染状況も深刻である。水と空気は、生物がもっとも消費する物質であるが、今回の記事では、海洋と大気の汚染について考察したい。
1.大気汚染
空気は生物の生命維持に欠かせないものであるが、現在、様々な合成化学物質が大気を汚染している。今回の記事では、オゾン層を破壊していると言われるクロロフルオロカーボン(CFC)について、考えてみたい。
CFCは1928年に、トマス・ミッジリー・ジュニアが開発した合成化学物質である。その後、冷媒、噴射剤、発砲剤、洗浄剤などとして多岐にわたって使用された。開発当時は、冷蔵庫の冷却液に利用されていた毒性の高い可燃性化学物質に代わる安全な物質を開発したとして、ミッジリーは科学研究に与えられる賞としては、もっとも権威があったプリーストリー賞を受賞した。そして、その安全性が疑問視されるまで、CFCは40年以上も市場に出回っていた。
CFCの利用が中止されるまでの経緯であるが、まず1970年にガイア仮説の生みの親として知られるジェイムズ・ラブロックは、自前の検知器で大気の状態を測定し始めたところ、CFCが地球全体に蔓延していることを突き止めた。そして、1974年に化学者シャーウッド・ローランドとマリオ・モリーナは、ネイチャー誌に論文を寄稿し、CFCが最終的には成層圏に到達して、オゾン層を破壊するプロセスを詳細に論じた。つまり、CFCは人畜無害な不可燃性化学物質ではなく、有害な化学物質であることが判明したのだ。その後、CFCの製造量で世界一の企業がCFCの製造と供給を中止することになり、ローランドとモリーナはノーベル賞を受賞した。
オゾン層は地球の生命にとって非常に重要な役割を担っており、地球に降り注ぐ紫外線を遮断していると言われている。しかし、CFCが開発された当時の化学者は、オゾン層がどういうものかを、まるで理解できていなかったという。今回はCFCの事例について述べたが、他の合成化学物質の製造に際しても、肝に銘じておかなければいけないのは、人間は自然界の生命維持の仕組みについては十分に理解できておらず、合成化学物質が生命維持システムにどのような影響を与えるかを正確に予測できないということであろう。
2.海洋汚染
海水には様々な合成化学物質が入り込んでいるが、今回の記事では、近年、注目されているプラスチックによる海洋汚染について、考えてみたい。プラスチックは1868年にアメリカで開発されたが、本格的な大量生産が開始されたのは1950年以降である。プラスチックのゴミが海洋を漂い、海洋生物がプラスチックを食べて消化管を詰まらせて死ぬケースは以前から報告されていた。近年、問題となっているのは、プラスチックが紫外線などにより小さな粒子のマイクロプラスチックとなり、深刻な海水汚染を引き起こしていることである。
海洋中のマイクロプラスチックの毒性は以下のとおりである。
■マイクロプラスチックの毒性
①プラスチック素材は元々、環境ホルモン作用がある
ノニルフェノール、フタル酸エステル等を含有している。
②有機塩素系農薬、PCBなど有害な海洋汚染物質を吸着しやすく、
海水中の数万倍から百万倍に濃縮することが分かっている。
また、マイクロプラスチックを食べるプランクトンの存在が確認されているが、マイクロプラスチックは消化されないため、以下のような食物連鎖によって、人間の体内に入っている。
■マイクロプラスチックの食物連鎖
動物プランクトン → プランクトンを食べる小魚 → 小魚を食べる中型の魚 → 中型の魚を食べる大型の魚 → 大型の魚を食べる動物・人間
世界経済フォーラムは2016年に驚くべき研究結果を発表した。それによると、世界で製造されるプラスチックの年間生産量は2050年までに推計11億2400万トンまで増える見通しで、現在のように生産量の約33%が自然界に放出して海洋ゴミになると、重量換算で海のプラスチックゴミの量が魚の量を越えてしまうという衝撃的なレポートであった。
今回の記事では、プラスチックを例にあげて、海洋汚染の説明をしたが、海洋を汚染している化学物質は、もちろんプラスチックだけではなく、様々な有害化学物質が海水を汚染している。この状態を放置しておくと、いつか海水浴も、魚を食べることもできなくなる日が来るのではないだろうか。早急に対応策を考える必要がある。
3.合成化学物質の歴史
今や合成化学物質は、ありとあらゆる商品に利用されるようになったが、合成化学物質が利用され始めたのは比較的、最近である。化学産業の黎明期といわれる19世紀後半に、化学者が実験で染料の合成に成功し、合成染料が大量生産されるようになった。しかし、日常生活を一変させた、本格的な化学時代の到来は第二次世界大戦後である。新しい発見が相次ぎ、新技術が次々と開発されていく中で、化学産業は著しい発展を遂げ、合成化学物質の生産量は爆発的に伸びた。1940年から1982年までの間に、合成化学物質の製造量は350倍に跳ね上がったという。こうして、数十億ポンドという量の合成化学物質が環境にばらまかれた結果、人間や動植物、生態系、ひいては地球全体が有害物質の脅威にさらされるようになった。
4.汚染物質の循環と生物濃縮
私達が家庭や工場から、排水・排気・ゴミ等で排出した有害化学物質は、海や山を汚染し、食物連鎖によって有害化学物質を取り込んだ魚介類を、私達は食べている。また、牛・豚・鶏等の家畜は抗生物質等の薬漬けであるが、それらの肉も私達は食べている。有害な農薬に汚染された農作物も食べている。つまり、人間がつくった有害化学物質で土壌、海洋、生物を汚染し、食物連鎖のピラミッドの頂点にいる人間が汚染された動植物を食すという、汚染物質の循環が続いている。化学物質循環によって、食物連鎖のピラミッドの頂点にいる生物ほど、汚染物質の濃度が高くなる。このように、地球上に排出されて広がった有害化学物質が、消滅したり、薄まったりするのではなく、生物の体内に蓄積され、濃縮されていくプロセスを「生物濃縮」という。
今、人間がつくった有害化学物質が動物・植物・自然環境を破壊しており、食物が危険にさらされている。人類が未曽有の危機にさらされており、化学物質が生体に与える影響について、早急に検討が必要であろう。
5.化学物質の規制方法
有害化学物質による環境汚染・健康被害は深刻な状況であるため、規制を強化・整備するべきであろう。現在、地球で取引されている合成化学物質は10万種類以上で、加えて、毎年1000種類もの新たな化学物質が登場している。こうした現状では、生態系に放出された、それぞれの化学物質がどのような経路をたどり、生物や環境に対して、どのような被害を及ぼすかを正確に予測することは不可能であろう。ドイツ人化学者のミヒャエル・ブラウンガルド博士はガイドラインを提唱し、その中で、市場に出回っている化学物質の数を大幅に削減する必要があると主張している。ガイドラインの中では、予測しがたい混合物を生成しそうな製品は生産を中止するべきであることや、自然環境内での分解過程が判然としていない化学物質は生産するべきでないことが提唱されている。10万種類以上の合成化学物質について、規制機関が個別に審査するのは到底、不可能であろうから、ブラウンガルドが言う通り、安全性が確認できた化学物質以外は市場に出すべきではないだろう。
※参考文献
「奪われし未来」シーア・コルボーン (著)、 ダイアン・ドゥマノスキー (著)、 ジョン・ピーターソン・マイヤーズ (著)、長尾 力 (訳), 堀 千恵子 (訳)
「生殖危機 化学物質がヒトの生殖能力を奪う」シャナ・H・スワン(著)、ステイシー・コリーノ (著)、 野口 正雄 (訳)
「有害化学物質の話」井田 徹治
「重金属体内汚染の真実」大森 隆史
「量子で読み解く生命・宇宙・時間」吉田 伸夫
「地球をめぐる不都合な物質」日本環境化学会
「プラスチック汚染とは何か」枝廣 淳子
「知らずに食べていませんか?ネオニコチノイド」水野 玲子
「なぜ世界の半分が飢えるのか 食糧危機の構造」スーザン・ジョージ (著)、小南 祐一郎・谷口 真里子 (訳)
「地球を脅かす化学物質」木村 - 黒田 純子
「環境ホルモン入門」立花 隆 (著)、東京大学教養学部立花隆ゼミ (著)
「犯罪に向かう脳」アン モア (著)、デビッド ジェセル (著)、藤井 留美 (訳)
「使うな、危険!」小若 順一
「沈黙の春」レイチェル・カーソン(著)、青樹 簗一(訳)
