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品格は細部から生まれる|縁あって日本舞踊

品格はどこから生まれるのでしょうか。

品格は細部に宿る。
私はそう考えています。


今年のお盆は皆さんいかがお過ごしでしょうか。
私は九州にある妻の実家に帰省しました。
ゆっくりさせていただき本当に感謝です。

私は妻と出会い、縁あって日本舞踊をされている家とご縁がありました。
立派な実家に恐縮することもありますが、帰省するたびに「品」を感じます。

所作や姿勢が品格を作る。
指先まで意識が向くからこそ細部が整う。

普段から「品格」とは何かを考える環境に身を置くことになりました。

私自身も校正会社の代表として、日々細部に向き合う仕事をしています。
また、長年自身の趣味や好奇心も大事にしてきました。

だからこそ、何か行動をするときには自身の行動に「品格」があるかどうかをより意識するようになりました。

今回は、私が日々考えている「品格は細部から生まれる」というテーマでお伝えします。

姿勢が品格を作る

姿勢とは「習慣」によって生み出されるものだと私は考えています。

日頃の習慣は無意識のうちに姿勢に表れると感じるのです。

背筋が伸びている。
前向きである。
直向きである。

これらは一朝一夕で身につくものではなく、長年の積み重ねからにじみ出るものだと思います。


「姿勢」という言葉には、身体的なものと精神的なものの二つがあります。

背筋や所作という身体的なものと、気配りや心遣いのような精神的なものを意味します。

物事に丁寧に向き合う精神的な姿勢は、身体の所作に表れることがあります。

周囲への意識や細部を見る客観性は、日頃の行動に表れることがあります。

幼い頃から教え込まれていることもあるでしょう。

大人になってから学びを得ることも、姿勢を作る上で欠かせません。

いついかなる時も、自分の振る舞いが周囲にどう映り、どう影響するのかに意識を向ける。

その積み重ねが、丁寧な姿勢につながるのだと思います。


姿勢は細部まで意識して成り立つ

妻の実家に行くと、着物の義母がいつもお出迎えをしてくれます。

妻も日本舞踊や華道、茶道を幼少の頃からやっていた身であり、所作や姿勢はとても綺麗です。

義母も妻も着物がよく似合い、いつも素敵だなと思います。

着物を着ると、所作というのは目立つ気がします。

歩き方、背筋、手先の動き、振る舞い。

普段の洋服では見えにくいものが、着物を通してはっきりと現れます。

着物は、その人の姿勢の積み重ねを映し出す鏡のようなものかもしれません。

もちろん、着物自体の品もありますが、その品を活かすためには姿勢があってこそだと毎回思います。

だからこそ、妻の実家に行くたびに背筋が伸びる思いをするのだと思います。


品格は細部に宿る

「○道」というと、私は子どもの頃に習っていた書道くらいしか経験がありません。

あとは、授業程度の柔道と、体験教室に行った合気道くらいでしょうか。

書道であれば、墨を摺る濃さ、筆の毛先一本一本まで集中をします。

筆を立て、止め・はね・払い、線の太さまで何度も何度も練習をします。

心が落ち着いていないとキレイな字が書けないと思うのは、赤ペンを握る今でも毎日思います。

柔道であれば、道着の崩れを正し、礼節を持って相手と向き合います。

どちらも粗雑で強ければいいわけではなく、礼儀、所作、基本を大事にします。

特に、◯道というのは礼節やマナーが大事にされている文化であるとさえ思います。

書道なら「字が上手ければいい」ではない。
柔道なら「相手に勝てばいい」ではない。
茶道なら「お茶を立てればいい」ではない。

目的だけならもっと効率的な方法があるはずです。

それでも、姿勢、礼節、道具の扱い、順序、所作まで含めて教えられます。

「◯道」と呼ばれるものには、結果だけでなく、そこへ至る過程まで芯を通す考え方があります。

姿勢や所作、細部まで意識を向けるという点では、日本舞踊やその他伝統芸能にも通じるものを感じるのです。

妻や義母を見ていると、舞台の上だけでなく、無意識の日常の立ち居振る舞いにもそれが滲み出ているように感じます。


日常で見る所作の崩れ

電車の座席にドスンと座る。
肩肘を開いて相手にぶつかる。
足を組んで相手に靴底を見せる。
満員電車で相手の肩にスマホを乗せてしまう。

このようなことをしている人は案外多いかもしれません。

そして、これらをやっている人は自分の行動を客観視できていないケースが多いかもしれません。

側から見ると行動にマナーが伴っていないように見えてしまいます。

では、その原因は何なのでしょうか。

私の主観ではありますが、それら行動の原因はクセそのものではないと考えています。

なぜならば、そもそも何が悪いのかに気付いていないからです。

自分の動きが周囲にどう影響しているかに意識が向いていなければ、行動それ自体に意味はおそらく伴っていないのです。

意識が届いているのであれば、自然と所作は変わります。

意識が届いていなければ、どれだけ見た目を整えても、行動を変えても、ふとした所作に粗雑さが出てしまうものです。

細部に意識が向くからこそ、細部を見るようになる。

それは私の仕事での視点にも関わっているのかもしれません。


品格は滲み出るもの

品格とは何か一つの行動改善から生まれるものではないと思います。

姿勢、歩き方、言葉遣い、手先の動き、相手への気配り。

一つひとつは小さなことです。

品格は身につけようとしてすぐに身につくものではありません。

自分の振る舞いに意識を向ける。
細部を粗雑に扱わない。

そうした小さな姿勢を繰り返し、やがて意識しなくてもできるようになる。

その積み重ねが外側へとにじみ出るようになった時、私たちはその人に「品格」を感じるのではないでしょうか。

品格は特別な何かではなく、日々の細部の積み重ねなのだと思います。

私も品格を持って行動できているだろうか。
指先まで意識が向いているだろうか。
背筋が伸びているだろうか。
気配りができているだろうか。

妻の実家に帰るたび、品格とは何か。
品格を持てているだろうか
と毎回思うのです。


創作大賞2026にチャレンジしました。
たくさんの応援をいただき感謝申し上げます。

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澤田直人|有限会社サプラス代表
情報量の多い媒体に強い校正会社

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