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『ぜってえ愛し続けられるっしょ』と思ってた私が、連れ添って20年目で気づいたこと

10代から20年間、夫といっしょにいる。
同じ高校のひとつ上の先輩である彼と結婚したのは、つきあってから9年目の冬。

「私たちなら、お互いを支えあえる」
「つらいときもいつでも、相手のことを思いやることができる」

結婚した当初から、私にはその確信があった。つきあいも長かったし、その期間に重ねた喧嘩があっても「別れる」選択肢はまったく出てこなかった。喧嘩をしても感じるのだ。彼は私を愛しているし、私も彼を愛していると。

だからこそ、結婚したからといってあえて「決めごと」をつくることを私たちはせず。それまでの生活の延長線上に沿って、実にぬるっと結婚生活は開始していった。

だっていっしょにいて9年目よ? ぜってえ愛し続けられるっしょ。

そうして、気がつけば結婚して12年が過ぎた。私たちは親になり、子どももたくさん増えた。マイホームにマイカー。子どもたちを支えてくれる先生や友達、その家族。

私たちにはたくさんの大切なものが増えていき、それを同じ熱量をもって愛してくれる夫には感謝しかない。間違いなく、ここで愛は続いている。

ただ。
「愛が継続している」ことと「すべてわかりあえている」ことは、けしてイコールではない。ということは、結婚前の私が知りえなかったことである。


夫は仕事をこなしながら、家事、育児も一通りのことをやってのける。子どもたちは彼を信頼し、私もそんな彼を見ているので、安心して子どもたちを任せて仕事をしたり外出できる。だからこそ今、私のお腹には6人目の命が宿っており、その誕生を家族で楽しみに待つ毎日を過ごしている。

ただし、この暮らしはけして余裕があるわけではないことは確かである。
5児は11歳長女、9歳次女、7歳双子男子、3歳三男。長女は完全不登校。次女と双子兄は発達障がいのため個別支援級に通っている。

長女の精神面のケア。すぐに喧嘩をする次女と双子兄の牽制。小学1年生の双子の宿題や生活面のサポート。三男のトイレトレーニングと、赤ちゃん返りへの対応。家にあふれる洗濯物の山、洗えていない食器、散乱するおもちゃ。永遠に続いていく家事育児。

日々、私たちは幸せで、満たされていて、でも確実に疲弊していた。


「ふう~~~~……」

その日の疲れと比例して、家事の合間につくため息はボリュームを上げていく。それは私にも言えることだし、ともに家庭を支えている夫も同様だ。私たちは、ため息のブレスの長さや、フライパンを置くときの物音の大小、子どもたちを叱るときの口調の違いから、相手が今どれだけイラついていて、自分を制御できないほどに疲れているのかを慮る。

おもんぱかる」というと、聞こえはいいが。

「別にもうそのままでいいよ。あとでやるから」
私の身体も重くなってきていることもあって、家事を積極的に担ってくれる夫に私は声をかけた。
彼はその日、完全にキャパオーバーだったように思う。朝から公園で子どもたちを遊ばせてきたその足で買い出しをし、家族7人分のお昼ご飯をつくり片付けて。夕方には、お味噌汁にひじき、切り干し大根、きのこと茄子の煮びたし……。大量の副菜に加えて、今晩のおかずを仕込みだす。疲れているのは誰もがみて一目瞭然なのだが。

「…………ふう~~~~」

空虚を見つめたまま、疲れに抗うかのように彼はキッチンに立つ。聞こえていないわけではなく、もうここまできたら引くに引けない状況であることは、私にはわかった。二回ほど同じ声掛けラリーを試みても返球はないので、そのままそっとしておく。

こういうとき、私は彼を「慮る」。
そのまま、気が済むまでやってもらってから、そのあとに「ありがとう」と伝えることで終わりにする。それがお互い、口論や喧嘩に発展させないために重ねてきた、これまでの正解の道筋だった。


しかしその晩。
「もう~~~ひとこと言ってやらんと気が済まねえ!!!」
と、私は急に思い立つことになる。


妊娠してからというもの。家事疲れも相まってか、子どもたちの寝かしつけから夫が生還することなく朝を迎えてしまうため、毎晩の夫婦時間が減少していた。その事実に、ふつふつとした憤りを重ねていたのだ。

その日の朝から私は、「夜はいっしょにすごそうね、ね」と夫婦時間の確保を予約していた。うんうん、と彼は返事をしていたはずだった。
しかしながら、疲れを押し切って家事を終えた彼が、その晩寝室から戻ってくることはなかった。揺らしても声をかけても起きない。こうなるともう、この眠り姫(♂)を夢から覚ますことは不可能である。


まあ……うん……疲れてるもんねえ……今日もたくさん動いてくれたし……約束はしたけど……でも実はあまり聞いていなかったのかも……話をしたはずなのに忘れていること、よくあるしなあ……てか疲れているならそう言ってくれていいのになあ……


もやもやと、彼に言い出せなかった言葉が夜のリビングに散乱する。それを無言で回収しながら、残った家事や動画視聴などで気を紛らわせる。それがこれまでの「夫婦が夫婦でいるための対応策」であった。
でも。ふいに「それではだめだ」と思った。


Rollbahnのノートに、手のひらからぽろぽろとこぼしてきた言葉を書き出していった。それは、これまで彼を「慮る」ことで、見て見ぬふりをしてきたものたちだった。

書き出すと、伝えたいことがどんどんあふれてくる。それは、単純な文句ではなくて、これからの時間をより心地よく、大切に過ごしていくための「決めごと」の卵だった。

実際に書いたものは夫に渡してしまったので
これは思い出して書き直したもの

我々夫婦の課題点。要約すると以下のようになる。

①夫婦の現在の問題点

・夫婦の会話・コミュニケーションの減少
・伝えたつもり、言ったつもり、によるすれ違い

②私の課題点

・相手の気持ちをわかっているのに黙って見守りがち
・怒ったり疲れていても態度に出すだけ、なにも言わない

③あなたに期待したいこと

・疲れたときには「疲れた」という(つまり私と同じ課題を抱えている)
・疲れているのにタスクを増やしがち
・頑張りすぎない、手を抜いて家族との時間を大事に
・妊娠期間をいっしょに楽しむ

④これから一緒にしたいこと

・推しのLIVE DVD鑑賞
・産前にふたりきりでデート

もやついた気持ちをぶつけるように言葉に落とし込んだプレゼン資料。粗が目立つことは否めない。ただし、これはあくまでも、私の問題提起。
「現状私はこう思っているが、あなたはどうか?」
これに対する答えを聞きたかった。そのうえで、彼との「決めごと」をアップデートしていく必要があると思ったのだ。


翌朝。私よりも先に起きて、子どもたちの朝の支度をしてくれる夫。私がリビングに降りてきたころには、すでに私がカバンに忍ばせておいた課題点資料に目を通した様子だった。
「ありがとうね」と彼は言い、私にふれた。
「うん。夜にまた話をして、ブラッシュアップしていきたいので」
私はその手を握り返して言った。そう、決戦は今夜である。

そしてその晩。

仕事の会議であれば、「では会議をはじめます」でいとも簡単にディベートを開始することができるが、そこは普段いっしょに暮らすただの夫婦。
「今夜は話し合いたい」と言ったものの、いざとなるとなかなか切り出せない。いつもと違う夜のはじまりをごまかすように、座った夫の膝の内側におさまるなどする。

「あのメモ、読んでみてどう思った?」

私の問いかけに、彼は考え込んだ。やさしい人だ。どんな風に伝えるべきか、言葉を考えているようだった。

「自分としては、これ以上なにをすればいいのかなって思ってる」

彼はこぼした。正直、思ってもみない意見だと感じた。課題点をみて、見出そうとしている改善点がそもそも異なっているとは思わなかった。

彼自身にがんばってほしい、改善してほしい、というだけの話ではないと私は言った。むしろ、ひとりでがんばりすぎているからこそ、手を抜くところを抜いて、いっしょの時間を確保していきたい、そのために意見を交わしたい、と私の気持ちを話した。

そこから、お互いぽつぽつと最近抱えていることを話しあった。仕事もあり、また完全不登校でずうっと家にいる長女もいる。だからこそ、妊婦健診についていけないことに、負い目を感じているとも伝えてくれた。
「きっとそう思ってくれている」とは、私はわかっていた。いつだって私たちは相手を慮っているから。

だけど。それを、本人の口から聞けるか聞けないかは大きな違いだ。

あの静かな夜。夫と交わしたたくさんの言葉たちを、何度でも思い出したい。言葉を交わしあうたびに、私と夫の口からはまた別の会話がうまれた。そんな夜は久しぶりだった。

そうして、私たちは改めて、夫婦としての「決めごと」を言葉にした。「ルール」とすると、途端に縛りが強くなる気がする。ときに果たせなくても、許しあいながら実現していきたい。だからこその「決めごと」だ。

・「多分こうだろう」と思うことはやめて、声をかけあって確認する
(その日のスケジュールや週末の予定なども含め)
・疲れたときにはお互いに「疲れた」といいあい、手を抜く。がんばりすぎない
・ただし、相手を想うからこそ声に出すのが苦手なふたりなので、言いにくいことはLINEや手紙にして伝えるのもアリ

特別なことでもない。でも、これを改めてお互いに声に出して確認することが、私たちをまた「夫婦」にしていく。

そう、私たちは夫婦だ。ただ、夫婦とは、別の親から生まれた、この世でもっとも大切な他人同士である。

──ぜってえ愛し続けられるっしょ。

そんな気持ちで夫婦をはじめた私と、もし結婚の答えあわせをするのならば。

「たしかに愛し続けているぜ」と胸をはって言いたい。
ただし。お互いのことを「思いやる」ことができたとしても、それで「わかりあえている」だなんて思いこまないことだな、と、肩を組んでそっと教えてあげねばならないだろう。



翌日。寝かしつけから生還した夫と、LIVE DVDを鑑賞した。6月に参戦したLIVEのことを思い出しながら、いいLIVEだったよね、また行きたいね、と言いあった。

週末には実家に行って子どもたちを預けて、ふたりでランチデートを決行した。彼はお腹の大きな私の歩幅に合わせて歩き、手を差しのべた。その分厚くかたい手のひらに指をからめたとき、お腹のいのちがぽこんと鳴った。

このいのちを、夫婦で生きている。
このいのちを、ふたりで生かしている。
このいのちに、私たちも生かされている。

それなら、生きているうちに。ふたりが夫婦でいられるうちに。
いくらでも言葉を交わしていこう。

私たち。
なんどでも、夫婦になっていこう。






なぷしゃるさんの、結婚前の答えあわせ エッセイコンテストに応募させていただきました🍀夫婦の振り返りの機会に感謝をこめて。


#私たちが結婚する前に話したいこと
#結婚前の答え合わせ
#なぷしゃる



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髙塚しいも|5児の母 もしこのような記事をサポートしたいという稀有な方がいらっしゃいましたら、ぜひともよろしくお願いいたします。5児の食費・学費にさせていただきます!