これはホテルではない。 〜比較された瞬間に、負けている〜
こんにちは。
株式会社スプリングボード代表の足立晋平です。
先日、こんなニュースを目にしました。
NOT A HOTELという会社の決算です。売上高112億円に対して、粗利益73億円。粗利益率は、なんと65%。2020年設立のスタートアップです。
何をしている会社かというと、別荘。
ただし、少し変わった別荘です。
湯河原の、さらに奥。263平米の部屋の値段が、およそ1億円。
「まあ、そんなものかな」と思いかけたのですが、話はここからでした。
この1億円、1年を36口に分けたうちの、1口の値段なんです。
つまり、掛ける36。
あの部屋は、36億円で売られている。坪単価にすると4500万円。東京の麻布台ヒルズの最上階ペントハウスと、ほぼ同じ水準です。
湯河原の、山の中で。
しかも、売れている。
記事を読みながら、
「いったい、どういうことだ」
と、何度もつぶやいてしまいました。
🏨 私がホテルを選ぶとき
私は出張が多いので、ホテルは年間それなりの数を予約します。
やり方は、いつも同じです。
予約サイトを開いて、条件を入れて、ずらりと並んだ一覧を上から眺める。
🚉 駅から何分か
💴 一泊いくらか
🍚 朝食は付くか
♨️ 大浴場はあるか
そして、いちばん納得のいくものを選ぶ。
これ、よく考えるとホテル側からすれば、なかなか怖い話です。
同じ画面に並べられた瞬間、勝負はほとんど価格で決まってしまう。
一泊9000円のホテルは、隣に8500円のホテルが並んだだけで、その500円の理由を説明しなければいけなくなる。
ところが、NOT A HOTELは、この一覧に載っていません。
比べる相手が、そもそもいないのです。
🧭 「1泊30万円」は、高いのか
記事の最後に、実際に購入した方から届いたメールが紹介されていました。
年間の管理費は、購入価格の3%前後。1億円なら300万円です。1口は10泊ですから、1泊あたり30万円。
ところが、その方はこう書いていたそうです。
「複数人で泊まることを考えると、ハイクラスのホテルに破格の値段で泊まれる」
坪単価で見れば、異常な数字。
1泊あたり、さらに家族や複数人で使う価値まで含めて考えれば、別の数字に見えてくる。
同じものなのに、まったく違って見える。
💡ちょこっと理論紹介💡
🖼️ フレーミング効果
行動経済学者のダニエル・カーネマンらが示した、人間の判断のクセです。
まったく同じ内容でも、どんな枠組みで見せられるかによって、判断がひっくり返ってしまう。
有名なのが手術の説明で、「生存率90%」と言われるのと「死亡率10%」と言われるのとでは、同じ事実なのに、受ける印象がまるで変わります。
これは研修の現場でも、しょっちゅう感じます。
同じ3時間の研修でも、
「3時間もかかります」
とお伝えするのと、
「3時間で終わります」
とお伝えするのとでは、集まってこられる方の表情が本当に違う。
中身は一文字も変えていないのに、です。
高いか安いかを決めているのは、値札ではなく、枠のほうなんですね。
🖼️ 「これはパイプではない」
ここで、私の好きな絵をひとつ。
画家ルネ・マグリットの『イメージの裏切り』という作品です。

丁寧に描かれたパイプの下に、こう書かれています。
「これはパイプではない」
いや、どう見てもパイプでしょう、と言いたくなる。
でも、よく考えると彼が正しい。
これはパイプではなく、パイプの絵ですから。
たった一行の否定で、見る側の頭が強制的に切り替わる。
NOT A HOTEL。
ホテルではない、という名前。
創業者の濱渦伸次さんは、この名前は半ばヤケクソでつけたと語っています。
それでも、この否定は効きました。
ホテルではないと宣言した瞬間、「宿泊料金」という物差しが使えなくなるからです。
⚽ 川淵三郎さんが、企業名を消させた話
同じことをやった人が、日本のスポーツ界にもいます。
Jリーグを立ち上げた川淵三郎さんです。
それまで日本のサッカーは、企業が持つ実業団チームでした。
川淵さんは、チーム名から企業名を外させ、地域の名前を入れることを義務づけた。
「これは実業団ではない」
読売でも日産でもなく、ヴェルディ川崎であり、横浜マリノス。
あの否定がなければ、Jリーグは企業スポーツの一種として比較され、埋もれていたかもしれません。
🎨 建てる前に、売り切る
もうひとつ、記事には出てこない話を。
創業者の濱渦さんは、もともと不動産の人ではありません。
宮崎でEC支援の会社を創業し、ZOZOに売却して取締役を務めた、いわば通販の人です。
その人がやったことが、面白い。
NOT A HOTELは、建物ができる前に売り切ります。
売るのは、精巧に作り込んだCGのコンセプトブック。
建材メーカーが公表している反射率まで計算して作り込むので、1冊あたり数千万円かかるそうです。

それでも、9割は開業前に売れてしまう。
つまり、先に必要なのは設計費とCG代だけ。
売れなければ、建てない。
この発想はZOZOから来ていると、ご本人が語っています。
服を仕入れず、撮影して、売れてからブランドに送ってもらう。
あのモデルを、そのまま不動産に持ち込んだわけです。
業界の外から来た人が、業界の常識を組み替える。
ここでも同じことが起きています。
🧩 なぜ、大手は真似しないのか
記事の中で、大手ディベロッパーの社員が、
「あのセンスは真似できない」
と話していました。
不思議です。
資金力も、土地も、施工力も、大手のほうが上のはず。
💡ちょこっと理論紹介💡
🧩 アーキテクチュラル・イノベーション
ヘンダーソンとクラークという研究者が示した考え方です。
イノベーションには、部品そのものが新しいタイプと、部品は既存のまま「つなぎ方」だけが新しいタイプがある。
そして厄介なのは後者のほうで、既存の大企業ほど再現しにくい。なぜなら組織そのものが、これまでの「つなぎ方」に合わせて作られているからです。
NOT A HOTELが使っている部品は、どれも既存のものです。
不動産開発。
ホテル運営。
会員権。
スマホアプリ。
新しいのは、そのつなぎ方だけ。
開発部、運営部、販売部がきれいに分かれている会社に、この設計図は書きにくい。
真似しないのではなく、組織の形が真似を許さない。
ちょっと怖い話だと思います。
📄 価格表に、並べられた日
独立して間もない頃の話です。
ある企業の研修をご提案する機会をいただきました。
何度も足を運び、現場の課題を聞き、渾身の企画書を書きました。
手応えは、悪くなかった。
数週間後、担当の方が申し訳なさそうに見せてくださったのは、A4一枚の比較表でした。
5社の社名が縦に並び、日数、講師経歴、そして価格が横に並んでいる。
「足立さんのところ、内容はいいんですけどね。ちょっと高くて」
あのとき本当に悔しかったのは、負けたことではありませんでした。
自分から進んで、あの一覧の中に並びに行っていたことです。
研修という枠に自分を置いた時点で、勝負は日数と単価になる。
以来、私は提案の前に、ひとつだけ自分に問うようにしています。
これは、研修ではないとしたら、何なのか。
うまく言葉にできない日もあります。
それでも、問うのと問わないのとでは、書き出す一行目が変わります。
✍️ あなたの仕事は、何ではないか
比べられている限り、勝負は価格になる。
比べられなくなった瞬間に、値段は自分で決められる。
これは1億円の別荘だけの話ではないと思うのです。
🏢 あなたの部署の仕事は、隣の部署と何が違うのか
📑 あなたの提案は、他社の提案と同じ表に並べられていないか
🧑💼 あなた自身のキャリアは、同期と同じ物差しで測られていないか
「これは〇〇ではない」
この一行を書けるかどうかが、たぶん分かれ目です。
私自身、いまも「研修」という言葉に自分を押し込めそうになる日があります。
提案書の一行目が、
「研修のご提案」
で始まってしまうときは、だいたい比較表の上を歩いています。
みなさんのお仕事は、何ではないでしょうか。
よかったら、コメントで教えてください。
読ませていただくのを楽しみにしています。
🎦音声/動画解説/スライド資料はこちら(NotebookLM)
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1650円の歯磨き粉を、400円の商品と同じ土俵で戦わせない。
「少し良いもの」を目指すのではなく、そもそも比較されない場所に立つという話です。
今回の「これはホテルではない」というテーマと、かなり近いところでつながっています。
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