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小さい子を抱えているときの災害事故事件への恐れ

こんなご質問をいただきました!

Q こんにちは。矢島さんの文章や動画から伝わる、明るく楽しくさっぱりしたお人柄に惹かれている一人です。 私は近頃、南海トラフ巨大地震が怖くて仕方ありません。常に頭の片隅にあって、いろんなことが正面から楽しめなくなっている気がします。特に大きな揺れが予想される地域に住んでいるのもありますが、小さい子どもが2人いて、子どもを守らねば!怖い目に遭わせたくない!!という気持ちから来るものだと思います。 矢島さんは自然災害や事故など、自分ではどうしようもないことが怖くなったりすることはありませんか?そういう気持ちはどう整理したらいいのでしょう…。質問というか相談みたいになってしまいすみません。お考えを教えて頂けたら嬉しいです!


A 
ありがとうございますー!小さい子どもがいるときに、そう感じるのはめっちゃわかります。私もそうでした。次女が生後半年で311が起きたので、なおさらわかります!こんど記事にさせてください。

とお答えしておりました。

本当に、めっちゃわかるんです。この感覚!



子どもが生まれて数年の母親は、完全”守り”モード

もともと私は、高いところが好きで、ジェットコースターも好きで、ハンググライダーで空を飛んでいたような人間なんですけど、
子どもが生まれて小さいうちは、子ども遊園地にあるようなレールの上を自転車こぎで進むしょぼめの遊具(失敬)すら恐ろしくなってしまった。
途中で子どもを抱えて柱から降りようかと思うほど、恐怖に襲われました。もう、ほとんどパニック状態。

子どもや、小さい子を抱えた母親がつらい目にあう映画やドラマも一切見られなくなったし、もともと大好きなサスペンス系も無理になりました。

完全なる、「いのちだいじに」モード。ドラクエで言うところの、とにかく守りに徹するモードです。
質問者さんは、このモードが強めなんだと感じました。
実際地震は来る可能性もあるわけで、「マジ用心」となるのはとても自然な、生存能力高めでグレイトなことなんだと思います。

311でノゼローゼ

「ノゼローゼ」というのはジャイアンが「ノイローゼ」のことを間違って覚えて連呼するやつですが、311後の私もノイローゼまで行かなくてもノゼローゼくらいにはなっていました。

何しろ当時長女2歳、次女0歳(6カ月)、夫は忙しく実家は遠く、平日完全ワンオペ。信号が停まっているなか長女を保育園に迎えに行き、電車が止まり夫は帰宅できず、おむつはドラッグストアから消え、原発は爆発。
外資に勤める弟から電話で「セシウムを大量に含んだ風がこれから関東に来るから、絶対に外に出ず窓も開けるなとフランス本社から通達があった」と伝えられました。大パニック。

計画停電の予定もあったので、真っ暗になったとき2歳の娘がどれだけおびえるだろうとハラハラでした。結局うちの地域は停電がなかったのですが、近所のママ友達に「停電時間は一緒に過ごさない?」とイベント化しようとしていたなあ。

そこからずーっと私の頭にあったのは、子どもたちが自分でダッシュで逃げられるような年齢になるまで、お願いだから大災害が起きませんように、ということです。しょっちゅう、そう願っていました。
だって防災の備えをする以外、願うくらいしかできないのよ。

いつの間にか、モードは終わっていた


三女がお腹にやってきたのは、長女4歳、次女2歳のときでした。4歳はまだおびえれば「抱っこ」と言う年ですから、まだ来ないで地震!!みたいな。
2人抱えて妊婦では逃げきれないかもしれないから、まだステイステイ!!頼むよ!みたいな。

長女が6歳くらいのときも考えたな。「長女は私の背負った避難リュックの紐をつかんで走ってもらうでしょ。4歳と1歳の2人は抱えて……いやまだ厳しいな、地震まだねまだね!!」

そんな風に、折に触れずっと考えていました。
そしてこの質問をいただいて、しばらくぶりに思い出したんです。
「そういえばもう、全員走れるじゃん!!」
なんて頼もしいのでしょう!!

気づけば長女はもう成人。こういう用心、すっかり忘れていました。いつの間にか子は育ち、親はモードを抜けていたんですね。

そう、私たちにできることなんて、神頼みと防災の備えくらい。
私の母親は現役時代、埼玉から都内に通勤していたのですが、いざに備えてずっとスニーカーで通い、かばんには懐中電灯とエネルギーバーを忍ばせていました。
それに比べると自分は甘いかもなあ。

あと今気づいたけれど、311の影響で私の避難想定は「津波から逃げる」だったんだな。走って逃げるって……海なし県の埼玉で、山も川も遠い地域に住んでいるのに、一体なにから走って逃げるん?
今頃、想定がおかしいことに気づきました。おかしくなるほど、津波の映像が頭にこびりついていたようです。状況がある程度わかったら、あまり被害の映像を見ない方がいいように思う。311以降、災害の映像はあまり長く見ないように心がけています。

「置き換えの防衛」というもの

最近、田中茂樹さんという医師・臨床心理士の方とお話する機会がありました。
この対談 ↓ とは別件で、相談事があったのです。

詳細は割愛しますが、災害とか死とか、人間にはどうにもならないような恐怖に対してできることのヒントをいただいたので共有させてください。とはいえ、私が田中先生の言葉をここで出すわけにはいかないので(田中先生がこれから本で書くことだし、曲がって伝わったら大変なので)、そのヒントから考えた私なりの考えを共有させてください。

なんか……私だったら、筋トレに励めば気持ちが落ち着くかも。
別に田中先生がそう言ったわけではありませんよ。でも、自分ではどうにもできないことを、「できること」に落として行動することで安らげることはあるようなのです。それを、「置き換えの防衛」と言うそうです。

「いざ」の時に子どもたちを抱えて走れるように、鍛えることで心を少し落ち着かせられるかもしれない。
もちろん、いくら鍛えても大地震に叶うわけはありませんよ。直接的な解決法ではまったくありません。
けれど実際になんらか役に立ちそうだし、筋肉の実力がつく分自信も持てそう。

これで言うと、昔から私がよくしている”エマージェンシーシミュレーション”も置き換えの防衛なのかもしれない。
「変なやつが入ってきたらこの椅子で突進する」「駅ホームで体当たりされたら大の字で伏せる」「熊が出たらあの枝を拾いざまこの樹に回り込む」「満員電車が地震で止まったら、近くの人に話しかけて協力できるように備える」「カラスが襲ってきたら両脚を両手でつかんでガッと引き裂く」等、よく、初動を決める行いをやっとります。
物騒なのもいくつかありますが、エマージェンシーのときには全力、というのも決めておいている初動なんです。決めておくと、なんか気が済むのね。

あとは、その怖さを、否定することもないのかなあとも感じました。
「めっちゃ無理」という気持ちには、「わかる、マジ無理」と答えてあげたい。「謎に怖い! でもずっと怖いわけじゃないからちょっと待とう」と自分に話しかけることもあります。すると、やっぱりしばらくしたら怖さが落ち着いたりして。

気持ちの整理か……
整理されていますかね、これ。
私の場合は、そういう感じです。

質問者さんの気持ちに少しでもプラスなことが言えていたらいいのですが。
言えてなかったら、むしろマイナスだったら、ごめんよ~!




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矢島史 そのお気持ちがありがたいです。