エア・セルビア
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| 設立 | 1927年4月1日 | |||
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| ハブ空港 |
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| マイレージサービス | エティハド・ゲスト | |||
| 航空連合 | エティハド航空パートナーズ | |||
| 親会社 |
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| 保有機材数 | 31機 | |||
| 就航地 | 63[2] | |||
| 本拠地 |
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| 代表者 | Dane Kondic(CEO) | |||
| 外部リンク | http://www.airserbia.com/ | |||

エア・セルビア(セルビア語: Ер Србија / Er Srbija、英: Air Serbia)は、セルビアの航空会社である。
2013年10月以前はJat航空(ヤットこうくう)という社名であり、ユーゴスラビア崩壊前はユーゴスラビアの国営航空会社だった。
歴史
[編集]1927年にセルビア初の民間航空輸送会社アエロプットが設立されたことに由来する。同年に首都ベオグラードの国際空港が開港し、運航の拠点とした。アエロプットはユーゴスラビア王国のフラッグ・キャリアとなり、全国に多数の飛行場が開設されたことで、運航を拡大した。1929年には、最初の定期国際線であるベオグラード-ザグレブ-グラーツ-ウィーン線を開設した。1930年代にかけては、オーストリア、チェコスロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、トルコ、アルバニア、イタリアなど、ヨーロッパ地域への路線を拡大した[3]。
第2次世界大戦による運航停止を経て1947年4月1日、「JAT Jugoslovenski aerotransport」(ユーゴスラビア航空運輸)として運航を開始、翌1948年にアエロプットの運航を引き継いだ。共産主義国であるにもかかわらず、ユーゴスラビアはソビエト連邦との関係を断ち切ったため、欧米機材を積極的に導入した。1963年にシュッド・アビエーション・カラベルを購入し、1969年にマクドネル・ダグラスDC-9、1970年にボーイング707、1971年にマクドネル・ダグラスDC-10、1974年にボーイング727を購入してジェット機を積極的に導入した[3]。
1985年、JATはヨーロッパで初めてボーイング737-300を購入し、1987年にはATR 42とATR 72を地域路線と国内線に導入した。IATAによると1988年時点で、JATはヨーロッパで10番目に大きな航空会社であり、西はロサンゼルス、シカゴ、デトロイト、クリーブランド、ニューヨーク、モントリオール、トロント、東は北京、コルカタ、クアラルンプール、シンガポール、メルボルン、シドニーへの長距離便を含む39か国、76都市に就航していた[3]。1990年代初頭にユーゴスラビアの崩壊したが、セルビア・モンテネグロ国家連合のフラッグ・キャリアとしての役割を続けた。
「JAT Yugoslav Airlines(JATユーゴスラビア航空)」を経て、2003年1月よりjat航空となった。
2013年8月1日、エティハド航空がセルビア政府の所有する株式49%を取得、5年間のマネジメント契約を締結した[4]。同年10月26日よりエア・セルビアとしての運航を開始[5]、マイレージサービスも自社の“エクストラ・フライト・クラブ”をエティハド航空の“エティハド・ゲスト”に統合した[6]。機材調達面でもエティハド航空と連携し、スケールメリットを活かしていく計画である[7]。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻後もロシアへの定期便を運航し続けており、ロシア国民がヨーロッパへ渡航する際に利用されている[8]。しかし、ロシアへの飛行においては何十回もの爆破脅迫の脅威に直面しており、2022年4月には、NATOの軍用機がロシア領空を離れたエア・セルビア便の後を追ったと報じられた[9]。
イギリスのスカイトラックス社による航空会社の格付けで「ザ・ワールド・スリー・スター・エアラインズ(The World's 3-Star Airlines)」の認定を得ている[10]。
就航地
[編集]保有機材
[編集]| 機種 | 運用数 | 発注数 | 座席数 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| C | Y | 計 | ||||
| エアバスA319-100 | 7 | ― | 144 | 144 | ||
| エアバスA320-200 | 6 | ― | 180 | 180 | ||
| エアバスA330-200 | 4 | ― | 21 | 236 | 257 | |
| 18 | 250 | 268 | ||||
| 22 | 240 | 262 | ||||
| ATR 72-600 | 10 | ― | ― | 70 | 70 | |
| ― | 72 | 72 | ||||
| エンブラエル E195 | 4 | ― | 118 | 118 | ||
| 計 | 31 | ― | ||||
エア・セルビアは以前エティハド航空経由で10機のエアバスA320neo発注していたが、エティハド航空の資金難により全機キャンセルされた[12]。
- エアバスA319-100
- エアバスA320-200
- エアバスA330-300
- ATR 72-600
- エンブラエル E195
塗装
[編集]2013年10月に導入されたエア・セルビアの新塗装は、デザイナーのタマラ・マクシモヴィッチによってデザインされた。セルビアの国旗の色の赤、青、白を基調としたデザインが特徴。尾翼のロゴは、双頭の鷲[13][14]。
退役済機材
[編集]- シュド・カラベル
- BAC 1-11-500
- ボーイング707-300C
- ボーイング727-200
- ボーイング737-300/-400
- マクドネル・ダグラス DC-9-32
- マクドネル・ダグラス DC-10-30
- ATR 42-300
- ATR 72-200/-500
- シュド・カラベル
- BAC 1-11-500
- ボーイング707-300
- ボーイング727-200
- ボーイング737-300
- ボーイング737-400
- マクドネル・ダグラス DC-9-30
- マクドネル・ダグラス DC-10-30
- ATR 42-300
- ATR 72-200
提携
[編集]事件
[編集]- 1972年1月26日、Jat航空のJU367便、ダグラスDC-9-32型機が飛行中に爆破された事件では、客室乗務員のヴェスナ・ヴロヴィッチが、1万0160メートル(3万3000フィート)からの落下にもかかわらず生還し、これはパラシュートなしでの最も高い高度から落下して生還した記録となっている[23]。
- 2024年2月18日、マラソン航空からウェットリースされたエンブラエルE195型機で運航されていたエア・セルビア324便が、デュッセルドルフへ向けてベオグラード・ニコラ・テスラ空港で離陸していた途中に、滑走路の計器着陸システムに衝突した。機体は高度を上げるのに失敗した後、引き返し、無事に着陸した[24]。その結果、エア・セルビアは事故の数日後にマラソン航空とのウェットリース契約を終了した[25]。
脚注
[編集]- ↑ jat航空時代は“JAT”。
- ↑ https://www.airserbia.com/en/footer_menu/corporate/about-us/our-story
- 1 2 3 https://www.flightglobal.com/pdfarchive/view/1931/1931%20-%200439.html?search=aeroput
- ↑ “エティハド航空、JAT航空の株式を取得 マネジメントへ”. フライチーム (2013年8月6日). 2013年11月23日閲覧。
- ↑ “エア・セルビア、正式に運航を開始 JAT航空からリニューアル”. フライチーム (2013年10月28日). 2013年11月23日閲覧。
- ↑ “Air Serbia Etihad Guest”. エア・セルビア. 2013年11月12日閲覧。
- ↑ “エア・セルビア、A320neoを10機調達 エティハドとの資本アライアンスで”. フライチーム (2013年11月21日). 2013年11月23日閲覧。
- ↑ Neate, Rupert; Topham, Gwyn (2022年3月11日). “Russians using Serbian loophole to avoid EU flights ban”. The Guardian (イギリス英語). ISSN 0261-3077. 2025年3月11日閲覧.
- ↑ link, Get (2022年4月8日). “Air Serbia aircraft shadowed by unidentified fighter jet in Russia”. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ “The World’s 3-Star Airlines”. SKYTRAX. 2026年3月16日閲覧。
- ↑ Air Serbia Fleet Details and History - PlaneSpotters.net
- ↑ 引用エラー: 冒頭の
<ref>タグは正しくない形式であるか、不適切な名前です - ↑ “Air Serbia - Bruce Drum (AirlinersGallery.com)”. web.archive.org (2016年2月22日). 2025年3月11日閲覧。
- ↑ “http://www.etihad.com/en-au/about-us/news/archive/2013/new-name-and-n…”. archive.md (2013年8月27日). 2025年3月11日閲覧。
- ↑ “News | Routes”. www.routesonline.com. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ link, Get (2025年1月14日). “Air Serbia and China Southern ink codeshare partnership”. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ link, Get (2024年1月31日). “Air Serbia and Etihad restore codeshare partnership”. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ “News | Finnair” (英語). company.finnair.com. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ Italiavola (2021年11月26日). “ACCORDO DI CODICE DI CODE SHARE TRA AIR SERBIA E ITA AIRWAYS” (イタリア語). Italiavola & Travel. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ link, Get (2021年7月6日). “Air Serbia and Luxair ink partnership”. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ link, Get (2023年1月6日). “Air Serbia and Qatar Airways to forge closer ties”. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ “News | Air Serbia”. www.airserbia.com. 2025年3月11日閲覧。
- ↑ “ギネスワールドレコード(英語)”. 2006年8月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年8月5日閲覧。
- ↑ “Passenger jet hits equipment on takeoff from Belgrade airport and is forced to make emergency return” (英語). AP News (2024年2月19日). 2025年3月11日閲覧。
- ↑ “Air Serbia to cease cooperation with Marathon Airlines” (英語). www.airserbia.com. 2025年3月11日閲覧。
外部リンク
[編集]- エア・セルビア
- jat航空 - インターネットアーカイブ
- Air Serbia (@airserbia) - Instagram