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AI時代の創作メモ|「読まれる文章」だけが正解じゃない。誰に届けるかで、書き方は変わっていい(#創作論 #Web小説 #note #エッセイ #文章術 #書籍化 #生成AI #画像生成AI)

先日より、ご心配をおかけしております。
自分の中でも折り合いがつき、やっと復活致しました✨
この場を借りてお礼申し上げます。

今日からまたいつも通りのテンションでnoteも発信していきます。

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こんにちは。こんばんは。
普段はラノベを書いている「うら表紙」と申します。

noteを開くと、毎日のように文章術の記事が目に入ります。

結論から書いた方がいい。
冒頭で悩みを提示した方がいい。
共感を入れた方がいい。
自分らしい言葉で書いた方がいい。

どれも間違っているとは思いません。

でも、こんなにたくさんの「正しい書き方」が並んでいると、書こうとするたびに、
「この文章、本当にこれでいいのかな」
と、ちょっと不安になってしまいます。

私は普段、Web小説を書いています。

読者さんの反応をPVや離脱率として見ることができるので、数字を追っていると、確かに「読みやすい文章の方が広く読まれやすい」という傾向を感じます。

だから私も、文章はできるだけ簡単にした方がいいと、これまで何度も書いてきました。
けれどこれには、少し補足したいことがあります。

読みやすい文章は、すべての文章における正解ではありません。

あくまで「多くの人に読んでもらう」という目的に対して、相性のいい方法の一つです。

文章には、読む人を選ぶ力があります。

やわらかい文章。
かたい文章。
感情的な文章。
論理的な文章。
詩のような文章。
説明書のような文章。

文章の形が変われば、読みやすいと感じる人も、心地いいと感じる人も変わります。

たとえば、行政から届いた難しい書類を、休日にのんびり読みたい人はあまりいないと思います。
でも、正確に制度を伝えるためには、あのかたさが必要になることもあります。

反対に、絵本のようなやさしい言葉は多くの人が読めますが、専門的な情報を細部まで正確に伝えることには向いていません。

どちらが優れているという話ではないんですよね。
誰に、何を届けたいのかが違うだけです。

広く読まれたいなら、読むための負担を減らす。
限られた人に深く届けたいなら、ときには難しさや癖を残す。

読む人を選ぶ文章を書いた結果、読者さんが少なくなったとしても、それは文章として劣っているという意味ではありません。
入口が狭い代わりに、その奥にいる人へ深く届く文章もあります。

逆に、誰でも入れる広い入口をつくり、その場で楽しい時間を過ごしてもらう文章もあります。

文章で苦しくなるのは、目的の違う書き方を、すべて守ろうとしてしまうからなのかもしれません。

万人に読みやすくて、専門的で、個性的で、正確で、感情にも深く届く。
そんな全部乗せの文章を書こうとしたら、そりゃあ苦しくなりますよね。

だから、すべての文章術に従わなくて大丈夫です。

自分の文章で、誰に何を伝えたいのか。
それさえ見失わなければ、文章はもっと自由でいい。

読まれる文章と、誰かを夢中にさせる文章は、同じでなくてもいいのだと思います。


あとがき:
意味もなく流していたテレビから、ふっと通販のCMが流れてきました。電気シェーバーの宣伝らしい。特に興味もなく手元の作業に集中していたところ、突然とんでもないセリフが私の耳を撃ちました。「こんな風に銅線もスッパリ」。思わずガバリと顔を上げると、画面いっぱいにショートパスタのように細かく刻まれた銅線が映っている。その異様な光景に、私は軽い戦慄を覚えました。差別化の波はついに銅線を電気シェーバーで切断するところまで来てしまったのか。営業会議では「顎に銅線が生える人にも訴求しましょう」とか、議論があったのだろうか。誰に何を伝えたいのか。それだけは強烈に伝わってくる通販CMでした。


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また明日の投稿でお会いしましょう。
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