子育てでお金は手に入らない
最近、noteで気がついたことがある。
それは、副業×ワーママ で、発信されてる方がたくさんいらっしゃるということ。
私は元々、3人の子どもがいる専業主婦だった。
自分には何もないと焦っていた。
そんな昔の自分にダブってしまう。
20年ほど前のある時、簿記の勉強を始めた。
理由は、いつか就く仕事に役に立つと思ったから。
そのうち司法書士を目指した。
さらに株にも手を出した。
デイトレードもやった。
FXもやった。
当時は、お金を稼ぎたくて必死だった、くらいにしか思っていなかった。
子育てには、わかりやすい成果がない。
特に、小さい頃。
今日一日、これでよかったのかどうか。
誰も採点してくれない。
声かけはこれでよかったのか。
指しゃぶりが治らないけどいいのか。
偏食だけど大丈夫なのか。
読ませる本はこれでいいのか・・・・・・・・。
毎日、答えのない問題に悶々とする。
結果が分かるのは、十年も二十年も先のこと。
しかも、その結果が自分の手柄かどうかも、正直よく分からない。
本当にこれで大丈夫なのかな、と迷い続ける。
ちなみに、株やFXは見事に失敗している。
理由ははっきりしていて、短期的な利益ばかり取ろうとしたからだ。
そのあと、長期で資産を積み上げている人から、ポートフォリオという考え方を習った。
習ったのに、ちゃんと聞かなかった。
わかりやすい短期的な成果を取ろうとして手を出し続けた。
そして詰んだ。
もう一つ、思い出したことがある。
夫に「勉強時間を確保したいから、子どもを見てて」とは言えた。
でも「映画に行きたいから、見てて」とは言えなかった。
同じ「見てて」なのに。
大義名分があると、なんとか言えたこと。
それってなんでだったのだろう。
子育ては20年を超えて、子どもたちは全員、大人になった。
「お母さん、あの頃、怖かったよね。」と笑いながら言われる。
あの時、私はお金が欲しいと思っていたけど、
多分違う。
欲しかったのは、成果だったのだと思う。
「今日はこれだけやった」
「私はこれだけ前に進んだ」
そうやって、自分で自分を確認できるものが欲しかった。
子育てをしても、お金は入ってこない。
資格ももらえない。
点数もつかない。
今日、子どもと一日過ごしたからといって、通帳の数字が増えるわけでもない。
むしろ、一日中動いていたはずなのに、
夕方になると、「今日、私、何してたんやろ」と思う日すらある。
だから私は、子育てとは別の場所に、
成果を取りに行っていたのかもしれない。
簿記を取る。
司法書士試験に受かる。
株で利益を出す。
そこには数字がある。
合格、不合格がある。
昨日より今日、どこまで進んだかがわかる。
それは、ある意味とても安心だった。
ただ、「私は、本当にお金が欲しいんだろうか」
と、一度だけ考えてみてもいいのかもしれない。
もしかすると欲しいのは、
自分が前に進んでいるという実感かもしれない。
誰かからの評価かもしれない。
あるいは、
堂々と自分のために時間を使っていい、という許可なのかもしれない。
子育てでは、お金は得られない。
でもだからこそ、
お金や数字では測れないものを抱えたまま、
何年も生きることになる。
それが、あの頃の私には、
ずいぶん難しかったのだと思う。
子育てで、お金は手に入りませんでした。
成果も、点数も、つきませんでした。
それでも、何かは残っていたのだと思います。
今振り返ると、わが家で当たり前になっていたことが、いくつかあります。
宿題より、まず寝る。
子どもの部屋には入らない。
最後に決めるのは本人。
立派な教育方針があったわけではありません。
毎年試験に落ちる母がいる家で、実際に何が起きていたのか。
それを一つずつ書いたものを、近日出します。
