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幸せは、誰かと分かち合った時に深くなる― 一人で得た成功より、誰かと分かち合えた時間が人生に残る。

人生を変える、本質。第5章

幸せとは、何を残すか。

幸せとは、何者かになることではない。

後悔しない人生とは、自分で選び続けた人生である。

前回まで、私はそう書いてきた。

では、幸せはどこにあるのだろう。

成果の中だろうか。

役職の中だろうか。

自分の夢を叶えることの中だろうか。

もちろん、それらの中にも幸せはある。

努力が実ることは嬉しい。

目標を達成することは喜びになる。

自分の人生を自分で選べたと思えることも、大きな幸せだと思う。

でも、人生を振り返ると、心に深く残っている幸せには、いつも誰かがいた。

一人で得た成功よりも、

誰かと分かち合えた時間の方が、人生には残る。

今回は、「分かち合う幸せ」について書きたい。


一人で勝ちたかった

若い頃の私は、一人で勝ちたかった。

自分の力で成果を出したかった。

自分の能力を証明したかった。

自分が認められたかった。

自分が評価されたかった。

だから、人より働いた。

人より考えた。

人より早く結果を出そうとした。

その気持ちは、決して悪いものではなかったと思う。

自分を前に進める力になった。

苦しい時に踏ん張る理由にもなった。

でも、どこかで孤独だった。

成果を出しても、心から喜べないことがあった。

評価されても、すぐに次の不安が生まれた。

もっとやらなければ。

もっと認められなければ。

もっと上に行かなければ。

そう思うほど、幸せは遠くなっていった。

一人で勝つことはできる。

でも、一人で満たされることは難しい。

今は、そう思う。


喜びは、分かち合うと深くなる

人生には、嬉しい瞬間がある。

成果が出た時。

目標を達成した時。

難しい仕事をやり切った時。

誰かに認められた時。

努力が報われた時。

その瞬間は、確かに嬉しい。

でも、その喜びを誰かと分かち合えた時、幸せはもっと深くなる。

一緒に頑張った仲間と喜べること。

支えてくれた人に報告できること。

家族に伝えられること。

部下の成長を一緒に喜べること。

苦しかった時間を知っている人と、笑い合えること。

その時、成果はただの結果ではなく、記憶になる。

自分一人の達成ではなく、誰かとの物語になる。

幸せとは、手に入れることだけではない。

その喜びを、誰と分かち合えたかでも決まるのだと思う。


苦しさも、誰かと分かち合うと変わる

分かち合うのは、喜びだけではない。

苦しさもそうだと思う。

一人で抱える苦しさは、重い。

誰にも言えない悩み。

理解されない不安。

責任の重さ。

失敗への怖さ。

自分の未熟さへの情けなさ。

そういうものを一人で抱えていると、心は少しずつ固くなる。

でも、誰かに話せた時。

誰かが聞いてくれた時。

誰かが一緒に考えてくれた時。

誰かが、ただ隣にいてくれた時。

苦しさは少し形を変える。

解決しなくても、軽くなることがある。

答えが出なくても、前を向けることがある。

人は、一人で強くなれるわけではない。

誰かに支えられながら、少しずつ強くなっていく。

私自身、苦しい時に支えてくれた人がいたから、ここまで来ることができた。

だから、幸せとは喜びだけでできているものではない。

苦しさを分かち合えた記憶の中にも、確かに幸せはある。


支えられてきた人生

振り返ると、私は多くの人に支えられてきた。

信じて任せてくれた人。

厳しい言葉をくれた人。

失敗しても見捨てなかった人。

苦しい時に声をかけてくれた人。

何も言わずにそばにいてくれた人。

家で待っていてくれた家族。

一緒に走ってくれた仲間。

その一つひとつが、今の自分をつくっている。

若い頃の私は、自分の力でここまで来たと思っていた。

でも、今は違う。

自分一人で来た場所など、一つもないのかもしれない。

誰かが道をつくってくれた。

誰かが機会をくれた。

誰かが背中を押してくれた。

誰かが失敗を許してくれた。

誰かが自分を信じてくれた。

その積み重ねの上に、今の自分がいる。

そう思えるようになってから、少しだけ感謝の意味が変わった。

感謝とは、礼儀ではない。

自分は一人では生きていないと気付くことなのだと思う。


幸せは、誰かの中にも残る

幸せは、自分の中だけにあるものではない。

誰かの中にも残る。

あの時、一緒に頑張った。

あの時、助けてもらった。

あの時、信じてもらった。

あの時、背中を押してもらった。

あの時、一緒に笑った。

そういう記憶は、自分だけでなく、相手の中にも残る。

人は、自分の人生を生きているようで、誰かの人生の一部にもなっている。

自分の一言が、誰かの勇気になることがある。

自分の行動が、誰かの安心になることがある。

自分の存在が、誰かの支えになることがある。

それは、大きなことではないかもしれない。

でも、人生においては、とても大きな意味を持つ。

幸せとは、自分が何を手に入れたかだけではない。

誰かの人生に、どんな記憶として残れたか。

そこにもあるのだと思う。


分かち合えない成功は、少し寂しい

どれだけ大きな成功をしても、分かち合う人がいなければ寂しい。

喜びを伝えたい人がいない。

苦労を分かってくれる人がいない。

一緒に笑える人がいない。

ありがとうと言いたい人がいない。

それは、どこか寂しい。

逆に、大きな成功ではなくても、誰かと分かち合える時間は温かい。

小さな達成を一緒に喜ぶ。

大変だったねと笑い合う。

ありがとうと言い合える。

また頑張ろうと思える。

その時間の方が、人生には深く残ることがある。

幸せは、規模では決まらない。

大きな成功かどうかでもない。

そこに、誰かとのつながりがあったか。

その喜びを、誰かと分かち合えたか。

その温度が、人生を豊かにしてくれるのだと思う。


与えることで、幸せは深くなる

若い頃の私は、幸せとは手に入れるものだと思っていた。

評価を得る。

成果を得る。

役職を得る。

収入を得る。

自分が得ることで、幸せになれると思っていた。

でも、今は少し違う。

幸せは、与えることで深くなることがある。

誰かを助ける。

誰かに機会を渡す。

誰かを信じる。

誰かの成長を支える。

誰かの不安を少し軽くする。

自分の時間を、誰かのために使う。

そういう行動の中に、静かな幸せがある。

もちろん、自分を犠牲にすればいいということではない。

無理をして与え続ければ、いつか苦しくなる。

でも、自分が受け取ってきたものを、次の誰かに渡せた時、人は深く満たされる。

与えることは、失うことではない。

人生を誰かとつなげることなのだと思う。


人は、人の中で生きている

人生は、自分一人のものだ。

自分で考え、自分で選び、自分で背負う。

それは大切だと思っている。

でも同時に、人生は自分一人では完結しない。

人は、人の中で生きている。

誰かに支えられ、誰かを支えながら生きている。

誰かに影響を受け、誰かに影響を与えながら生きている。

誰かの言葉で変わり、誰かの存在で救われる。

だから、幸せも一人では完結しない。

自分が満たされることだけを追いかけても、どこかで限界が来る。

誰かと喜びを分かち合う。

誰かの苦しさを少しでも受け止める。

誰かの未来を少しでも良くする。

そういう関わりの中で、幸せは深くなっていく。


誰と分かち合いたいのか

幸せを考える時、私は最近こう問いかける。

何を手に入れたいのか。

ではなく、

誰と分かち合いたいのか。

成功した時に、誰に伝えたいのか。

苦しい時に、誰にそばにいてほしいのか。

感謝を伝えたい人は誰か。

守りたい人は誰か。

一緒に笑いたい人は誰か。

人生の最後に、誰の顔を思い浮かべたいのか。

その問いに向き合うと、自分にとって本当に大切なものが見えてくる。

忙しさの中で後回しにしている人。

当たり前のように支えてくれている人。

言葉にしないまま甘えている人。

もっと時間を使うべき人。

そういう存在に気付く。

幸せとは、何を得るかではなく、誰と生きるか。

その問いに近いのかもしれない。


幸せは、誰かと分かち合った時に深くなる

一人で得た成功にも意味はある。

自分で選んだ人生にも意味がある。

努力して手に入れた成果にも価値がある。

でも、人生を振り返った時に深く残るのは、誰かと分かち合えた時間なのだと思う。

一緒に喜んだ時間。

一緒に悩んだ時間。

一緒に乗り越えた時間。

支えられた記憶。

支えた記憶。

ありがとうと言えた瞬間。

ありがとうと言ってもらえた瞬間。

その一つひとつが、人生を温かくしてくれる。

だから私は今日も、自分に問い続ける。

自分は、誰と喜びを分かち合いたいのか。

誰の苦しさを、少しでも軽くしたいのか。

誰に感謝を伝えるべきなのか。

誰の人生に、温かい記憶として残りたいのか。

幸せは、誰かと分かち合った時に深くなる。

そして人生とは、自分一人の成功ではなく、誰かと分かち合えた記憶によって、豊かになっていくものなのだと思う。

── Flow Thinker R.

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