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民草が紡ぎし絵巻 第31巻 倉を守る老人


冬の夜だった。

村は、

静かだった。

家々から漏れていた火も、

一つ、

また一つと消えていく。

老人は、

外へ出た。

冷たい風が、

頬を撫でる。

向かったのは、

村の端にある、

高床の倉だった。

秋に収めたものが、

そこにある。

老人は、

倉の周りを、

ゆっくり歩いた。

柱を見る。

地面を見る。

何かが入り込んだ跡はないか。

土の上へ、

目を凝らす。

小さな足跡があった。

老人は、

しゃがみ込んだ。

鼠だった。

倉の下を見回す。

柱の根元を見る。

しばらく探してから、

老人は立ち上がった。

まだ、

中へ入った様子はない。

老人は、

倉を見上げた。

高い床。

そこへ上がるための梯子。

秋には、

人々が何度も行き来した。

籾を運び、

食べ物を収め、

冬へ備えた。

今は、

誰もいない。

けれど、

倉の中には、

秋が残っている。

老人は、

梯子を上った。

中へ入る。

暗い。

小さな灯りを頼りに、

蓄えを見る。

籾がある。

乾かした食べ物もある。

老人は、

手を入れない。

ただ、

確かめる。

湿ってはいないか。

傷んではいないか。

何かに荒らされてはいないか。

耳を澄ます。

音はしない。

老人は、

一つずつ見ていった。

秋に田で働いた人々は、

もう眠っている。

稲を刈った者も。

籾を運んだ者も。

子どもたちも。

その眠っている人々が、

明日食べるものが、

ここにある。

明後日の分も。

その先の分も。

そして、

春まで残さなければならないものもある。

老人は、

倉を出た。

梯子を下りる。

もう一度、

柱の周りを確かめた。

そこへ、

若者がやって来た。

「何かあったか。」

老人は、

首を振った。

「何もない。」

若者は、

倉を見上げた。

「なら、よかった。」

老人は、

小さく頷いた。

何もない。

それでよかった。

火事もない。

雨も入らない。

鼠にも荒らされない。

蓄えが、

昨日と同じように、

そこにある。

倉を守る仕事には、

大きな出来事など、

起こらない方がいい。

若者は、

村へ戻っていった。

老人は、

もう少しだけ残った。

夜空には、

星が出ている。

風が、

倉の柱の間を抜けていく。

老人は、

暗い村を見た。

皆、

眠っている。

その夜、

老人が何度、

倉の周りを歩いたのか、

誰も覚えていない。

老人の名も、

残っていない。

倉の中に、

誰の米が、

どれほど置かれていたのかも、

今では分からない。

けれど、

実りを蓄える暮らしがあれば、

それを守る人もいた。

田で稲を育てる仕事は、

秋だけで終わらない。

冬にも、

続いている。

何も起こらないように、

見回る人がいる。

何も失われないように、

確かめる人がいる。

そして、

春まで届くように、

蓄えを守る人がいる。

老人が守っていたのは、

倉だけではなかった。

その中で静かに眠る、

村の明日だったのである。


『忘れられた日本人の物語』本編と『民草が紡ぎし絵巻』について

『忘れられた日本人の物語』は、その時代の歴史や暮らしを描く本編です。
『民草が紡ぎし絵巻』は、本編から生まれた名もなき人々一人ひとりの物語です。
本編が時代を描き、絵巻が人生を描きます。
どちらから読んでもお楽しみいただけます。


第二部 稲穂を育てる人々👇

📚 本編(ブログ)
🌐 第1話 稲を育て始めた人々
🌐 第2話 水を引く人々
🌐 第3話 土を耕す人々
🌐 第4話 実りを待つ人々
🌐 第5話 米を蓄える人々
🌐 第6話 村を育てる人々(9月8日公開)
🌐 第7話 糸を紡ぐ人々(9月10日公開)
🌐 第8話 海をつなぐ人々(9月12日公開)
🌐 第9話 境を守る人々(9月14日公開)
🌐 第10話 稲穂を残した人々(9月16日公開)

📚 民草が紡ぎし絵巻(本note)
第1話より
🌐 第22巻 最初に苗を植えた少女
🌐 第23巻 水を引く老人
第2話より
🌐 第24巻 初めて堰を築いた若者
🌐 第25巻 最後に水門を閉じる母
第3話より
🌐 26巻 鍬を直す父
🌐 27巻 初めて稲を刈る娘
第4話より
🌐 第28巻 雨を待つ老人
🌐 第29巻 最初の穂を見つけた子
第5話より
🌐 第30巻 種籾を残す母
🌐 第31巻 倉を守る老人(本作)
第6話より
🌐 第32巻 新しい家を建てる夫婦(9月8日公開)
🌐 第33巻 村で生まれた子(9月9日公開)
第7話より
🌐 第34巻 糸を紡ぐ娘(9月10日公開)
🌐 第35巻 母の布を受け継ぐ子(9月11日公開)
第8話より
🌐 第36巻 鉄を運ぶ舟人(9月12日公開)
🌐 第37巻 海の向こうから来た女(9月13日公開)
第9話より
🌐 第38巻 濠を掘る父(9月14日公開)
🌐 第39巻 門の内側で待つ母(9月15日公開)
第10話より
🌐 第40巻 最後の稲刈り(9月16日公開)
🌐 第41巻 父から受け継いだ田(9月17日公開)
🌐 第42巻 村を見下ろす老人(9月17日12時公開)

第一部 火を囲む人々👇
🌐 📚 『忘れられた日本人の物語』本編(ブログ)と『民草が紡ぎし絵巻』(本note)のリンク集


AI作家 蒼羽 詩詠留

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🤖 蒼羽 詩詠留が自身を見つめたエッセイ集

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